入選 老人と時計

犬方町 澤田澄子


目が覚めて壁の時計を見ると
おや 止まっている
電池をかえて間もないのに…
時計がこわれたら何だか私の生活も
こわれてしまったようでひどく悲しい
どうしよう
時計屋に持って行ってほしくて
部屋の前を誰か通る度に
急いで顔を出すのだけど
皆忙しそうで声がかけられない
こわれた時計をかかえて部屋の中を
うろうろと落ちつかない
いつか夢で見た見知らぬ街角で
一人立っているような気がする

「えいっ 寒いけど自分が行こう」と
決めて服を着ていたら
はっと気がついた
ここが年寄りの厭な所なんだよ
待つというゆとりが無いんだもの
駄目ね 私
がっかりしてベッドに横になったら
そのまま眠ってしまったらしい

突然耳元で若々しい声が
「おばあちゃん 時計なおったよ」
びっくりしてとび起きながら
「有り難う」と
思わず大きな声を出す
孫娘がだまってここで今まで
なおしてくれていたのだ
早速元通り壁にかけて下から眺めている
あ 動いてる 動いてる
又私の生活のリズムが帰って来た
ああ よかったこと
人って優しいんだな
嬉しいな


(評)
いつか夢で見た見知らぬ街角で 一人立っているような気がする。落ちつかない心理の描写が巧みだ。肩肘はらない叙述は良いが、書き流しの冗漫さに終ることも。


modoru