特選 

西今町 石井春香


迷いこんだまま
いつまでも 抜け出せない
木もれ陽を浴びたい
それだけで来たものを

穏やかな木立のなかの深呼吸
その途中で
何という木の毛細血管に
触れてしまったのだろう

記憶の先端は
ほんの小さな枝だった

風に乗って聞こえてきた歌に
かすかに揺れた小枝
逝った娘が口ずさんでいたメロディー

記憶は増殖を続け
巨大な森となって覆ってくる

娘の着ていた服 話し声 笑った顔が
うっそうと繁った樹木のなかを
すさまじい勢いで走り抜ける

岐れ路まで引き返そうか
いや 夢のとぎれたあたり
あの三叉路まで 戻ろうか

重なりあった足跡は
わたしの森のなかで
ふかい闇に沈んでいった


(評)
明るいイメージから、記憶の先端は ほんの小さな枝だった―。という秀れた二行から、深刻な暗さ、の後半の章句へ転換する。六連目、娘の着ていた服―、の映像的詞章は、すさまじい。


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