特選 掌よ
大薮町 寺田すゑこ
この世に生れ出るときに
きゅっと握りしめている
柔らかな小さい拳は
掌よ お前を包む
いや お前が大事に秘め持つものを
守る 唯一の形
おそらく 無意識に……
お前を開きはじめたのは
いつだったか
握りしめられていたものは
口内へ流れ
血液に溶け
耳奥にも潜み
眼の裏まで染みついて
この世に生まれ来るまえに
そっと授けられたのだろう
出来たばかりのお前の上に
神様の贈物が
譬えようもない
途轍もない
ものだと わかったのは
いつだったか
あれから 今日まで
すっかり開ききったお前に
無念と諦観だけを対峙させて
私は なんて勿体ないことをしたのだろう
掌よ お前を
明るい春の陽光にかざすと
浮き立つ 幾つもの筋がある
神様が授けられたものの
名残かもしれない
そして それは
確かなものの
証かもしれない
赤ん坊が握りしめた拳、の神秘と愛らしさには類想があろうが、この詩には、成人の掌を見詰めての回想と内省があった。然し吾掌を「お前」と対称する叙法は効果があるのだろうか。詩的思考による表現としても。 |