詩 市民文芸作品入選集
特 選

窓辺の椅子
大藪町 西野 みどり

チャペルの中庭に面した
回廊の目立たぬ場所に
小さな図書館がある
重い扉を押して入ると
中は意外に広くて明るい

窓辺に置かれた木の椅子
がっしりとした丈夫な作りで
人の重みにすり減っている
書架には古い書物の
金色の背文字が並んでいる
あたたかい人の気配がするのに
いつ来ても誰もいない

ここは地図に無い場所
生まれて来なかった赤ちゃんの声
最後に握った父の手の温み
質すことをしなかった夫への不信
すべてを記憶の底に沈めて
窓辺の椅子に身をゆだねよう

日々何かに急かされ
大切なものを取り落としてばかり
ここには計れない時間が流れる
午後の窓辺の日だまりの椅子に
母に守られていた子供時代のように
ぼんやり膝をだいて座っていよう

晩鐘が近くに響いてくる
窓辺の椅子に射す陽も翳って
回廊を行き交う人の足音がする
誰かが私を捜しているかも知れない

今日も一冊の本も開かず図書館に
長い時を過ごしていた後ろめたさ
少し穏やかになった顔を俯けて
重い扉を引いて静かに出て行こう


( 評 )
静寂にして心に残る作品である。理性のある中年すぎの女性の心情をあます事なく表現し、とぎすまされていて良い作品となった。

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