随筆・評論 市民文芸作品入選集
入 選

生かされて 今……
南川瀬町 児島 はるか

 ここに一枚の絵があります。

 それは、文化勲章受賞者、平山郁夫画伯による『皓月(こうげつ)ブルーモスク・インスタンブール』で、NHK文化センター創立20周年記念に、複製し頒布を呼びかける陶板画の原画のパンフレットです。

 平山画伯ご自身、「この作品は、東洋と西洋の交わるトルコ・インスタンブールの皓々と冴え渡る月光のもとに、その名の如くあやしいまでに青く輝くブルーモスクに感動を覚えて描いたものだ」とおっしゃっているだけに、画面全体から何か神秘的な深い感動と、心の平安をおぼえる素晴らしい作品です。

 都合により購入は見送りましたが、パンフレットの絵は、今日なほ自宅の一室に飾り、大切にしています。

 元来、美術についてはズブの素人で何の素養もありませんが、今回ふとした機会から、『平山画伯とはどのような経歴の持主で、如何なる作品を描かれたのか』に深い関心を持つようになりました。

 平成十三年一月、親戚の方から「守山の美術館で『守山市美術展覧会30年のあゆみ展』と平山郁夫画伯の展覧会が開かれますが如何ですか」とのお誘いを受け、早速家人と共に出掛けました。

 さきに『守山市の美術展』の洋画、彫塑、写真部門の力作揃いを拝見し、引き続き、平山郁夫画伯の展覧会の方へ足を運びました。

 まず画伯の略歴を理解し、遂時東京芸大美術学部日本画科ご卒業後の作品を拝見しました。

 曽って画伯は、広島市の陸軍兵器廠に勤労動員中に被爆され、一時期その後遺症がひどくなり療養されていたことがありました。

 三十四年、漸やく生命の危機を克服し、ライフワークとされた『仏教との出会い』があったそうです。

 「そう言えば、画風も当初おだやかな日本の風景・人物・建築物等から、だんだんと仏教的色彩を帯びたふうに感じられるなあ」と思いました。

 以来、東京芸大中世オリエント遺跡学術調査や中央アジア・インド・東南アジア等の取材旅行や、五十九年に発表された『仏教伝来』をきっかけに、すでに百回に及ぶシルクロードの旅を続けられ、その間制作された作品は圧倒されるばかりでした。

 また、館内の一隅に、異国でスケッチされる画伯を間近で見守る異邦人のスナップ写真も飾られ、まるで自分もその場にいるような錯覚を覚えました。

 見学後、ロビーの店で心惹かれた薬師寺、ローランの砂漠を歩くラクダの隊列等の絵葉書数葉と、出版物『生かされて 生きる』平山郁夫著の文庫本を求め、退出致しました。

 帰宅後の私は、平山画伯の本を夢中になって読みました。特に深く感銘を受けた点を列挙することにしましょう。

  1. 毎朝、被爆した友人を想って、仏壇に手を合わせ、「生かされて、生きている」ことに感謝して、一日の製作を始めた。
  2. 昭和三十四年、院展出品作「仏教伝来」は、原爆症から救われたいとの願いを、玄奨三蔵法師の姿を描く筆にこめた。
  3. 奈良の薬師寺に完成した玄奨三蔵院の内陣の壁画と天井に彼の功績をたたえる絵を描いた。

 「考えてみれば、私はこの大壁画を描くために、仏教伝来の道を歩んできたのか。

 シルクロードを旅し始めたとき、このようなことは全く予想しなかったが、今、自分の人生を振り返ると、被爆した私は、三蔵法師のお導きで画業人生をここまで続けてこられたのかもしれない。」と記されています。

 平山画伯のライフワークの結実である玄奨三蔵院の大壁画は完成、21世紀を目前にした大晦日に献納された由、是非拝見したいです。

 時あたかも寺院では涅槃会がとり行われ、涅槃西風の吹く頃です。

 私事で恐縮ですが、昨冬以来身近で三人が天寿を全うされました。古稀を過ぎた今、自然とわが身のふり方に心が及びます。

 こうした矢先、平山画伯の生活信条や業績等から、多くのことを学ばせて頂きました。

 はからずも此の世で今日迄生かされてきた己れは、今後如何に生きて行くべきか、深く内省し人生を全うしたいと思います。

 目を自室の壁に転じれば、『皓月ブルーモスク・インスタンブール』の絵に吸い寄せられます。

 あくまでも澄みきった紺色が、心を浄化してくれるようです。

 参考文献「生かされて 生きる」
 平山郁夫著(角川文庫)


( 評 )
平山郁夫画伯の真摯な生き方から学ぼうとされる筆者の姿勢も、また、誠実そのものであることが文面から伝わる。画伯の絵の前で生かされる自分を改めて感じられ心澄まされる筆者が見える。

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