随筆・評論 市民文芸作品入選集
入 選

母を訪ねる
東沼波町 郡田 和夫

 難病を宣告され、どうしようもない無力感に襲われて、母への面会が延び延びになっていた矢先、母が入居している特別養護老人ホームから電話が掛かって来た。

 「もしもし、こちら近江第二ふるさと園です。お母さんが大変興奮しておられますので、息子さんである貴方のお力で何とか鎮めていただきたいんですが」

 一体、母の身辺に何が起きたのか。あまりにも唐突な電話に一瞬面食らったが、とにかく、母と電話を代わってもらうことにした。すると、いきなり「警察に言うぞ」と母の怒声が受話器に響いた。二言、三言、言葉を交わしたが、老人性痴呆症である母とこれ以上言葉を交わしてもかみ合わない。止むなく係りの人に電話を代わってもらうと

 「実を言えば、お母さんは先程まで他の入居者と一緒に休憩室にいらしたのですが、入居者の方がそれぞれの部屋に帰られたものですから、淋しくなられたものと思われます。こういう場合、肉親の愛語に勝るものはありません。一日も早く面会に来ていただきたいんですが」

 間もなく百歳を迎える私の母のここに至る道のりは決して平坦ではなかった。一昨年、流感による熱発で、救急車で彦根中央病院に搬送され、以後、転倒による大腿部の骨折、痴呆症の発症、退院後は意に反して老健施設を転々とさせられたが、昨年ようやく念願叶って、ここ近江第二ふるさと園のお世話になることになったのである。

 南彦根西口よりバスに乗車、十分後老人ホーム前に下車し、西に向かって足を進めると、右前方に色鮮やかなお花畑が………。その後方には、緑に映えた森林地帯が広がり、道行く人々の心をなごませてくれる。セピア色の玄関はポーチをくぐり抜け、事務所前廊下を歩いて、右へ曲がった所に食堂がある。

 食堂入口の壁面には、入居者が書いたものと思われる書初めが所狭しと貼られていた。その中に混じって、童謡の一行「夢は今も巡りて」と題する母の書初めがあった。昔取った杵柄とはいえ、わが家にいたときは、そんな気配すらなかったのに、福祉に携わるプロの人たちの巧みな人心掌握術には驚かされるばかりであるが、その力強い筆致から見て、母がいやいや書かされたものではないことは一目で分かった。ここまで母を甦らせた施設の熱意に、頭の下がる想いがした。

 食堂の中へ入ると、いつもなら閑散とした部屋も、昼どきとあって、大勢の入居者で埋まり、折から流れる演歌のメロディーが食堂を華やいだ雰囲気に包んでいた。視線を左前方に向けると、母の後姿が見えた。顔の表情こそ見えないが、食卓を前にして、食事が配られるのを待ちわびている風であった。母の機嫌はどうであろうか。不安がよぎったが、ここは、何をいわれてもじっと我慢の子と決め込んで母に近づき、後ろから肩を叩くと、母はびっくりした表情で、振り返るなり

 「何や和夫か、もっと早ようこんとあかんやないか」

 と私をなじると、口を噤んだ。

 食事が始まると、話の鉾先を前に座っている母の食事仲間のAさんに向け

 「ちょっと悪かったものですから」

 と挨拶すると、Aさんは

 「長い間、来られなかったですね。今日はてるさん(母)の機嫌はよくないでしょう」

 と言った後、彼は食事の合間を縫って

 「てるさんが淋しがられる気持ちはよく分かりますが、どんな人でも、孤独という心の隙間を埋めることは出来ません。耐えるしかないのです。私はどちらかといえば、老後は安全保障が一番大切だと思っています。ここにおれば、急患や災害の場合、施設が対応してくれますし、安心して身を委ねられるのです。」

 と語った。彼独特の巧みに人の心をつかむ語り口に、我を忘れて耳を傾けていた。

 二人の会話を聞いていた母は、急に何を思ったのか

 「男の子はしょうがないわ。来てくれても喋ることがないから」

 といって苦笑いした。気嫌の方もだいぶ治まっているようだ。気がつくと、いつのまにか、入居者の食事もすんで、室内は元の静けさを取り戻していた。

 母とはこれといった会話を交わすこともなく、時間だけが容赦なく過ぎた。帰り支度を急ぐと、

 「もう帰るんか。早よう戻っといでや」

 と、哀願する母の姿に後髪を引かれた。

 玄関口を出ると、帰路についた。バス停に向かって歩きながら、私は今回母を訪ねたことで、ひとつの区切りをつけたようなすがすがしい気持ちが湧き上がってくるのを感じていた。


( 評 )
老人性痴呆症という現代のテーマを取り上げた作品である。それだけに、特別養護老人ホームでの母との出会いの場にもっと深く焦点を当てる方がよかったのではないか。言葉とはうらはらな年老いた母の想い、それを受けとめる複雑な想いが読者に伝わるように。

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