花見 彦根城に桜の花が咲くと 男は年に一度必ず花見に連れていってくれという 身体が不自由になって すっかり外出嫌いになっているのだが 満開に咲く桜の花を見ていると 心が洗われる気がするという 年々 花見客の増える中を 車椅子にのせ歩くと 密かに袖引合う夫婦連れ 好奇心のままに振り返る子供達 −いつでも終わりにしてくれていいよ− 長い闘病のあいだに 男は一度だけそういった 堀の中には 仲睦じく白鳥が毛づくろいをして いた 古稀を迎えた 男の歩いた道は 親の築いたものを全てなくし 妻子を悲しませ 桜の花の満開の頃 両親を相次いで黄泉に送った 半世紀近くの悔恨の重さが まだ ぬぐいきれず 車椅子の轍がキシキシと その軌跡を描いていた 男の涙のように降りしきる桜吹雪の中を 黙って車椅子を押した 男はポツリ −来年は 夜桜がいヽネ− |