詩 市民文芸作品入選集
特 選

父の手
稲枝町 山本 正雄

幼い私の顔を撫でてくれたとき
まるでサンドペーパーのように
ざらざらとして痛かった
父の荒れた手

風呂あがりに黒い膏薬を
炭火で溶かして
あかぎれの中に流し込んでいた
父の太い指

手の荒れは百姓の宿命であったが
皸あかぎれの癒えるいとまもなく
一年中土を相手に働いた父

父の美しい手は
ついぞ見ることはなかった

微兵検査で甲種合格となり
軍隊で鍛えられた強勒な体で
八十四歳まで働いて逝った
父の今年は三十年忌


( 評 )
………黒い膏薬を/炭火で溶かして/、の確かな写実が、父の美しい手は/ついぞ見ることはなかった、の四連の追懐を誘う。
 この父上のような人が、社会を支えている。目立たないところで。

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