随筆・評論 市民文芸作品入選集
入 選

五拾銭銀貨
後三条町 三宅 友三郎

 私がはじめて貰った給料は、二円四十銭である。それは六日間月末まで働いた分であったから、日給で勘定すれば一日四十銭ということになる。もちろんこんなお金の単価など、突然のように話し出しても、現在の若い人達にはその価値はなかなか理解しにくいであろう。求人を募集しているいまの新聞の広告を見ても、時問給九百円という数字から割り出すには、一寸した計算が必要である。一日の労働時間を八時間として四十銭を割ると五銭になる。そしてそれは当時私の家の前のうどん屋では、どんぶり一杯のうどんの値であったし、隣の餅屋の大福もち五個の値である。
 それにしてもこんな時代錯誤にもならないような話を、どうして始めたのかと人様に問われたら、一寸したきっかけからである。というのは彦根市でいま始めている下水工事が昨年末から私の町でも始まり、絶え間無い堀削機のエンジンの音とともに、恐竜の首のようなバケットで下水管を埋める溝を、とうとう私の家の前の道でも掘り始めたときである。作業をしている四人の中の一人が、茶色に染めた頭の毛を白い安全帽の下から覗かせていたが、どう見てもまだ一人前とは思えない体格だった。小柄で少し痩せ気味であり、私にはどう見てもまだ少年のように見えて仕方がなかった。その通り彼は、直接下水のビニール管の接続作業はさせてもらえず、ふたたび溝を埋めたとき飛び散った土砂をスコップや箒で寄せ集めたり、軽い材料等の持ち運びばかりを懸命にしていた。
 そしてわたしの家の前の溝が掘り終わったときちょうど昼休みになり、作業員のいなくなった溝を物見高く腰をかがめてのぞき込んでいたときである。不意に頭の上で、
「お前十五か」
「うん」
 という声がしたので思わず立ち上がってしまった。そして目にしたのは大きな弁当風呂敷を持ったやはり少年だったあの茶髪の彼と、黄色い目印の襷をした六十近いガードマンの二人だった。これから一緒に食事をしに行くのだろう。しかし物珍しそうに掘られた穴の中をのぞき込んでいた私の顔を、ちらっと少年は見ただけですぐ通り過ぎてしまったが、その時である。私はどういう風の吹き回しであんなことを言ったのだろう。立ち去って行く少年の背中を見ながら、
「わしは十四やった」
 と口の中でつぶやいていたのだった。
 不景気なこの時代、高校卒業をしてもなかなか就職できないのに、あの少年は中学校だけでもう働いている。どうした事情かもちろん私なぞの詮索できることではない。しかし高等小学校を十四才で卒業して働きだしたわたしの場合はと、この時どうしてそんな言葉をつぶやくように、私は口から出していたのであろうか。
 昭和十三年の三月、わたしは大阪の下町にある高等小学校を卒業したが、すでにその前年から日本は中国と戦争を始めていた。それがどんなものであるか分からず、少年らしくただお国のために兵器工場に勤め、早く一人前の旋盤工になってがんばりたいと思っていた。しかし建前はそうであっても、当時の家の家計状態が子供心の心理状態に影響していたことも否めない。そして三十人ほどの作業者のいる小さな町工場に勤め出したが、わたしを待っていたのは健気な少年の思いも及ばなかった、機械の油差しと風呂焚きであった。
「安いなあ」
 家に持って帰った給料袋から出たお金を勘定して、父は吐息をつくようにそんな言葉を出していたが、当時わたしと同じように働きだした友人の日給はたいてい六十銭ぐらいであった。しかし私は、そのとき祖母と一つの約束をしていた。
 「おばあちゃん、わし働きに出て給料もろたら、五拾銭やるでえ」
 と言っていたことである。
 わたしは妹二人の一人息子だったが、小学校五、六年生ぐらいまで、よく祖母と一緒に寝ていた甘ったれ子だった。そして当時は現在のようにテレビがなく、映画の全盛時代でもあった。「丹下左膳」や「むっつり右門」など子供心にも見たくて、芝居好きの祖母に無理を言ってよくも連れて行ってもらった。しかし時には祖母も小使いが少なくなり、好きな芝居にも行けなくなると、偉そうに先のようなことを私は言っていたのである。
 しかしそのことが日給の多い少ないにかかわらず約束どおりできたことは、すでに祖母の年齢も越してしまった私にとって、長く有り難い人生の一頁であった。給料袋から出て来た四枚の五拾銭銀貨の中の一枚を、祖母の手のひらにのせることができたその時、押しいただくようにして額のところに持っていって喜んでいたその姿が今でも目に浮かび、ついそんな問いかけをしていたのであろうか。


( 評 )
 自宅前の下水道配管工事で働く少年の姿に、昭和十三年当時の状況下、十四歳で働き始めた昔日の自分が二重映しに甦る。初給料から祖母へ約束の小遣いを渡す情景では、両者の心情が伝わってきた。
 十五歳の少年作業員との心の交流がもっと描写されればさらに良かったと思う。

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