跡継ぎ
芹川を渡ってトロトロと下りると
湯葉やと書いた絹ののれんの横に
−生ゆば有ります−と
書いた布がぶら下がっていて
風にゆれていた
古い格子戸を開けると
黒びかりするあがり口に
大豆の蒸れた臭いの中
爺さんは息子夫婦をじっと見ていた
婆さんに先立たれてからは
いっそう無口になり
よけいな事は話さなくなった
火加減を見乍らはじめて息子夫婦は
釜の中の湯葉を長箸でとりあげた
半透明のたまご色の膜が
絹地のようなつややかさで湯気をたてた
“どうや”
茶の間の仏壇に向って
満足気に爺さんはにんまりとした
つけた燈明がゆらりと動いた
はげた頭に
流れる汗を水鼻といっしょに
素手でつるりとふいた
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