詩 市民文芸作品入選集
入 選

跡継ぎ
南川瀬町 谷 敏子

芹川を渡ってトロトロと下りると
湯葉やと書いた絹ののれんの横に
−生ゆば有ります−と
書いた布がぶら下がっていて
風にゆれていた

古い格子戸を開けると
黒びかりするあがり口に
大豆の蒸れた臭いの中
爺さんは息子夫婦をじっと見ていた
婆さんに先立たれてからは
いっそう無口になり
よけいな事は話さなくなった

火加減を見乍らはじめて息子夫婦は
釜の中の湯葉を長箸でとりあげた
半透明のたまご色の膜が
絹地のようなつややかさで湯気をたてた

“どうや”
茶の間の仏壇に向って
満足気に爺さんはにんまりとした
つけた燈明がゆらりと動いた

はげた頭に
流れる汗を水鼻といっしょに
素手でつるりとふいた


( 評 )
 彦根の風物詩である、芹川近くの湯葉やの内部や匂いが目の前にある様だ。先代と今の主人をもう少し強調して表わすと折角の良い題名が生きてくるのではと思う。

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