詩 市民文芸作品入選集
特 選

はるかな道
大藪町 西野 みどり

浜街道から多景島が見える
湖沿いの小さな集落
古い桟橋に廃船が繋がれたまま
日に何本かの乗り合いバスが
まばらな客を拾って街へ行く

村はずれに六地蔵が並び
栴檀の木陰に墓地がある
湖に向いた最前列に
角錐の石碑が十五基
★印の下に若い兵士の氏名
太平洋戦争で戦死した者の墓

出征の日の壮行歌
葬りの日のしめやかな歩み
歓呼の声は天空の鳶の声
嗚咽は寄せて引く波の音
薮萱草の中に墓は鎮まっている

何処にでもある
何処にでもあった
人間の渾身の営みが
あっけなく風化されても
山と湖の間のわずかな土地に
それはあたたかく抱かれている

琵琶湖からの初夏の風
柿若葉のひかる荒神山
青田の中のはるかな道を
老婆がとぼとぼ歩いている
リプレーの画像のように

生き替わり死に替わり
ただおだやかな点景として
今日もとぼとぼ歩いている
他に行き場所があるなんて考えず
やさしい光と風を身にうけて


( 評 )
 おだやかな風景の中に現時代にも通じるものを感じる。あり得ない事とは思いつゝも作者は墓碑の前を歩く老婆は或いは其の下に眠る兵士の母親である様にも見えるのではないか。美しい風景を前にさまざまな訴えが聞こえてくるようだ。

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