詩 市民文芸作品入選集
入 選

日 記 帳
西今町 やまかみ まさよ

夜の帳につつまれて
家人の誰もが寝しずまる頃
私だけの時 (ステージ) の幕は上がる

書きはじめたのは 幾つの頃からか
希望と挫折を悔しげもなく 若さのせいで
その都度その場に 置き去りに出来たが

くり返しのきかない年波に気付き
ふりむく事が多くなっても
  「いま」 を置いてけぼりにもできず

狭い文机の上には この他に
ポケット手帳と くすりの手帳
菜園日誌と 家計簿とが
背中合わせに 重たくかさなりあい
愚痴のあれこれが頭をよぎり
決意のひとことも浮かんでこない
書き残せるほどの今日ではなかった

使い馴染んだペン先の軟らかさを頼りに
毎日 立ち止まっているこの一行
ステージに フットライトはない
手元を灯すほの明るいスタンドだけ

今朝 黄色のクロッカスが三つ咲いたと記す。


( 評 )
 日記帳というありふれた題材だが、一冊の日記帳が自分の過去と同等の重さをもって立ちあがって来る。少ない行数で多くを語るのだから、書き出しの一連にもう一工夫欲しい。

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