待てよ おい
待てよ おい 何を急ぐ 何から逃げる
待てよ おい 一度止まれよ こっちを向けよ
ずっと行くと切り通しの道だぜ 先は崖だよ
一度 止まれよ おい
しなびてるね 細い肩だね
ぼんやりしてる葉っぱみたいだ
おい タバコをやりなよ いいから
今さらどうってことないよ ハハ 急に吸っちゃ
むせるから駄目だよ 久しぶりだろ
いいよ 横むいたまま喋ろ
目を合わすなよ 俺も辛い タバコ旨いか
そうだろ 何にしろ久しぶりってのは
おいしくないんだ いつもの事が
一番嬉しいんだ いつもの事がいいのさ
酒ガブガブ飲んで忘れる元気もう無いか
そうだろ 欲しくないだろ おれも同じさ
ハハ困ったね飲めねえって辛いよな
それでどうするずっと行くか先っぽまで
ここに来る途中の森の広っぱの
そう追分道の開けたところ
お陽さんが当たってきらきら眩しいところ
そこで鬼やんまが卵こぼしてるの見たよ
山の際の小さいきれいな溝
そうさ小さい仁丹ぐらいの白い白い粒粒が
五〇か一〇〇か二〇〇か鬼やんま
しっぽぴんとして ぽろぽろぽろ
粒粒はこぼれて流れていった
そうさ 俺は立会いの産婆さんみたいに
最後までずっと終いまで見てやった
どうだお前も一度見たくないか
あそこは鬼やんまのお産場所だ
毎日来てみな夕方だよ 毎日待つのさ
そっと隠れて ああいうの嫌いか
好きだろ 一度見るといいよ
長いこと俺はじっと固まって見ていた
鬼やんまを驚かさないように
じっとじっと見ていた ぽろぽろぽろ
白い粒は流れた そうして最後はしっぽの先を
つんつん水に立てても 何も出なくなった
もう終わったんだ 鬼やんまはぐるりと周りを
1回まわって上へ飛んだ 上へ上へ
空へ空へ高く高く未練など爪弾きにして
悠々として行っちゃった
どうだ一度見てみるといいよ
じっとして隠れて見るんだよ
なあ おい
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