詩 市民文芸作品入選集
選者詠

風 花
宇田 良子

整形の医院を出るとき
 「ヨンコちゃんでは」 と声をかけられた
長く呼ばれなかった私の名前だ
いぶかりながら
 「もしかして ゲンちゃん」 と聞くと
小肥りの老人は頬をゆるませてうなずいた

そうだ あのゲンちゃんだ
幼稚園の行きかえり
竹の物干竿をふりまわし
とおせんぼうをして泣かされた
あの炭屋のやんちゃ坊主だ

あれから何十年
杖にたよる私の姿に
長い空白の時間を確かめたにちがいない

二言三言 話をかわして別れた
背中に淡い視線を感じながら
風花の舞う小道を帰った

振り返らない


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