詩 市民文芸作品入選集
特 選

包 丁
正法寺町 井 豊

子供ごころにも暗く長く
重くるしい戦争の毎日

そんなある晩〔おそ〕
夏の夕ぐれどき
砂糖の配給があり
忙しい母に言いつかって
いつも前を通っている
寺院のあき地に
並んでまっていた

荒縄でしばられて
茶色い砂糖袋が
五、 六個置かれている

荒縄を切ろうとしているご老人
手に持つ包丁は
赤銅色に錆びている

縄は伸びあがって
くねくねと
一向に切れる気配がない

痩せた体躯に力が入って
意図せずに
画き出された空中の
風景は
彫刻のブロンズ像になっている

夏の夕空の一偶に
泌み入る
茜色に染まった骨の
輪郭が海鳴りを産んでいる

夕暮れどきの
うす灯りは
熟れた拓榴の赤い実一個
細い枝先に撓んでいた


( 評 )
 何故かあの頃の夕焼けは鮮明に覚えている。この作品はあの頃の町の様子をくっきり切り取っていてとても新鮮な情感をもたらす。夕陽に照らされ包丁を持った裸の老人が映画の一シーンのように浮かび上がっている。いい作品だ。

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