詩 市民文芸作品入選集
入 選

母の遺産
大藪町 西野 みどり

午前中のファミリーレストラン
静かなBGMが流れて閑散としている
窓辺の席に弟と待ち合わせる

「母の遺産を受け取ってほしい」
弟は分厚い現金封筒をテーブルに置いた
母はまだ生きている
判断も記憶も出来ない認知症だが
湖畔の施設に冬を過ごしている

「これからの母のことを頼む」
自尊心の強い弟が弱音を吐いている
病む妻をかかえて母を担いかねている
幼い日に弟の宿題を肩代わりしたように
姉として手をさしのべてやりたい

この金はすんなり受け取れない
母の介護は代償がなくてもやってきた
精一杯の愛情を金銭に換えられない
母の残す財産など当てにしてはいない

テーブルに置かれた現金封筒
姉と弟の間にあいまいな時間がすぎる

これから母はどれくらい生きるだろう
老いた体の他は何も持たない母
難病を得るかも知れない
危篤に馳せ参じる場面もあろう
臨終に立ち会うことにもなる
小さな葬儀も出してやらねばならない
一人で引き受ける覚悟はあるが
少し余分な金があればおだやかになれる
きれい事を言ったら母を支えられない
私はおもむろに現金封筒を手にした

窓の外に小雪が舞い始めた
春がめぐってくる


( 評 )
 たしかに書かれていて安心して読めるが、エッセーを読んだ感じもする。

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