おつね婆さん
いつも誰かと話している
さやさやと誰かに話しかけている
現実と忘想の間をさ迷い
涙を流し疲れはて
陽のあたる縁側で
背を丸めて茶摘みの歌を口ずさんでは
古い桐ダンスから
嫁入り支度に持って来た
たった一枚残った着物をとり出し
裾がすりきれて
赤茶けた縫目を指でなぞりながら
散らばる布に沁みついた
遠い記憶を集めては
愛しげに大きな風呂敷に包み
「新芽が芽ぶいたら実家〔さと〕へ帰らせていただきます」
田畑も家も人手に渡り
誰も住まないふるさとに
鈴鹿山系の雪がとけ
一面にうぐいす色の茶の新芽が出て
春を迎える所
おつね婆さんの消えない思い
しーんと静かな雪にうもれて
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