詩 市民文芸作品入選集
特 選

先生
正法寺町 井 豊

「ポプラの先だけ
 空に吸い込まれる
 小さな水溜まりの中で」

これは私が中学生のときの詩
赤茶けたガリ版刷りをまだ持っている
 と
先生に手紙をもらった

自分の将来が
そろそろ形を見せだす時期
ひとり帰る午後の帰り道で
水溜まりに顔を映しじっと見ていた
空を見上げずうつむいて歩く
水の中の大空は色のない小さな宇宙
見上げねば見えない青空よりも
水溜まりの中の小さな空が
私には似合っている

街路樹のポプラは堂々した幹を持ち
天に向かって枝を張り
濃い緑の葉っぱを光らせているのに
私のポプラはてっぺんの葉だけが
空に突き刺さっていた

酒に溺れている父
足が不自由で
いつも愚痴をこぼしている母
汚れたままの制服
級友との語らいには
ただ黙ってほほえんでいた
 五十年ぶりに逢った同窓会の席で
 大きな水槽の熱帯魚になっていたね
先生はそう書いて下さいました

先生
今の私は顔を上げて
高い空を見つめて歩いています


( 評 )
 水溜まりに映る空を見ている少女。 少女を見守っている先生。 少女は顔を上げて空を見るようになった。

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