詩 市民文芸作品入選集
入選

つくろい
西今町 谷口 明美

いちどには通し切れなくなった
縫い針の小さな穴
細すぎる糸先に
視線を凝らし 針穴を通す

量販店に行けば即座に手にできる
格安さと意匠のズボンやパジャマだが
夫や娘は なぜか繕い物が好きで
ときおり これ直しといてよ と一言
そそくさと 出ていってしまう

わたしの手に委ねられた
ふしぎに懐かしい体臭のにじむ
しなやかに古された贈り物を
当然のことのように 膝にのせ
老婆の面持ちで 時を越え
磨耗した繊維と静かな格闘を続けるのだ

なぜか ひたひたと遡り
  全身を巡るものがある
ふつふつと泡になって
  吹き出るものもある
みつけた傷口をかばい
  糸目を重ねることもあるが

迷わず丹念に動き続ける
この指先のひたむきさは
なんなのだろう

微かな満足感を
いつもの位置に吊し終えると
 つくろっといたよ とも伝えずに
わたしは 台所に
夕餉の準備の海を広げるのだ


( 評 )
 つくろい物をする女性の感情が静謐な中に表わせれているのがいい。殊に四連目の「傷口」にさまざまな思いが重なるのが見える。終行二行に作者の心の拡がりを知る。

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