小説 市民文芸作品入選集
 入 選 

ピヨのぼうけん
    伊藤紀代

 それは3月のある暖かい日でした。前の日まで吹いていたつよい北風は、おさまっていました。ひよこのピヨは、にこにこ笑っているようなお日さまにさそわれて、沼へあそびに行きました。

 琵琶湖から吹いてくる風はまだ冷たくて、ピヨはぶるっとふるえました。でも、ひさしぶりに見る草木はまぶしいくらいで、ぴよはなんだか気持ちがうきうきしました。ピヨは思いっきり息をすいこみました。

「気持ちいいな。春って、大好き。ぽかぽか暖かいし、それに食べるものがいっぱいあるし。」

ピヨは草の上にすわってぼんやりしていました。

 すると、うしろの草むらから、ざわっと聞こえました。ピヨはドキッとしました。

「もしかしたら、キツネかしら。」

 ピヨは、おかあさんにいわれていたことを、思いだしました。

「ピヨ、沼にはこわいキツネがいるから、けっして、ひとりで行っては、いけませんよ。」

 秋までは、いつもおかあさんといっしょにさんぽしていたのに、冬のあいだにすっかりそのことを忘れていたのです。

「どうしよう。こんなとき、どうしたらいいのかしら。おかあさんに聞いておけばよかった。」

 ピヨは気がつかないふりをして、音がしたのとは反対の方向へ、歩いていこうとしました。すると、草むらから、また、ざわざわと音が聞こえてきました。ピヨはうしろを見ないで、走りだしました。

「やっぱりキツネだ!」

 いっしょうけんめい走りました。でも、ピヨがいくら走っても、キツネにはかないません。

 ピヨは走りながら、かくれるところをさがしました。すこし右の方を見ると、小高い丘の下に、ちょうどピヨが入れるくらいの穴が見えました。

「あそこの穴に入ろう。」

 ピヨはけんめいに走りました。

「もう少しだ。」

 そう思ったとき、キツネの息が、耳にかかったように思いました。

「きゃぁ、たすけて。」

 ピヨは目を閉じました。

(キツネに食べられる。)

と思ったのです。

 そのとき、きゅうに、つよい風が吹いてきて、ピヨのからだは、宙に浮きました。風に吹き上げられたのです。

(たすかった!)

とピヨは、思いました。でも、じっとしていられるわけではありません。前からいろんなものが飛んでくるので、よけなければならないのです。

(キツネからは逃げられたけど、こんどは、いったいどうすればいいのかしら? こんなことは、おかあさんからいちども聞いたことがなかったわ。)

 ピヨはどうしたらいいのかわからなくて、涙が出そうになりました。でも泣きませんでした。こわい気持ちより、キツネから逃げられたことの方がうれしかったからです。

「たすかった!風さん、ありがとう。」

 ピヨは心の中で、風にお礼をいいました。

「やぁ、こんにちは。」

「えっ、だれ?」

 ピヨはびっくりして、まわりを見まわしました。

(こんなところに、だれがいるんだろう。)

とピヨは思いました。

「ここだよ、すぐそばにいるじゃないか。」

「きつねなの?」

「ちがうよ。」

「だれ?わたしには、見えないわ。」

「見えなくてもいいよ。からだの力をぬいてごらん。」

 ピヨはそういわれて、はじめて、じぶんがからだじゅうに力を入れていることに気がつきました。

(どうしたら、からだの力をぬけるんだろう。)

と思いました。

「大好きな花を、思いうかべてごらん。」

と声がいいました。

ピヨは心の中で、

(わたし、なんの花が好きかしら。)

と思いました。

「そうそう、それでいいんだよ。好きな花は何だい?」

と声がいいました。

「ちょうちょみたいな、パンジーの花が好き。」

 そういうと、やっとからだから力がぬけて、らくになりました。まわりに飛んでいるものはピヨをよけて飛んでいきます。

 風に身をまかせて、考えました。

(このまま、どこへ吹き飛ばされて行くんだろう。)

とピヨは心配になりました。

 ふと、ピヨは不思議に思いました。じぶんが声を出していないことに、気がついたからです。

「あなた、人の心がわかるの?」

 ピヨはおどろいて、大きな声でさけびました。すると、強い風がビュンッと吹いて、ピヨはまたふわっとまい上がって、飛ばされてしまったのです。風がとても強かったので、ピヨは気をうしなってしまいました。



 気がつくと、うす暗い中、まっ白な地面の上にいました。ピヨは何が起こったのか、わかりませんでした。落ち着いて考えようとしました。

 でも、すぐに、地面が大きくゆれて、地ひびきがしました。そして、つぎに、青い光が地面をはうように、ピカッと光ったのです。静かになったと思ったら、また、つぎの光が地面の中で光りました。ピヨは、まぶしくて、目がくらみそうでした。

 おそるおそるまわりを見まわしました。青い光にうつし出されて見えたのは、雲でした。ピヨは雲の上まで飛んできたのです。また、青い光が雲の中で光りました。むこうの方に、小さい影が見えました。

(なんだろう。)

 ピヨは、目をこらして見ました。

(キツネだ、キツネがいる!
 逃げてきたはずなのに、またすぐ近くにキツネがいるなんて、ついてない)

と思いました。

 キツネは、まだピヨに、気がついていないようです。

「今のうちに、逃げよう。」

 ピヨは、走りはじめました。

 でも、雲の上はフワフワしていて、走れませんでした。ピヨは、しかたなく歩くことにしました。ずいぶん長いあいだ、歩きました。こんなに長くひとりで歩いたのは、はじめてでした。

(お母さんみたいに羽があるといいのになぁ。)

とピヨは思いました。

 立ちどまって、あたりを見まわしました。もうキツネは見えませんでした。

 ピヨは少し休むことにしました。のどがかわいていました。でも何もありませんでした。ちょっと悲しくなって、涙がでました。そのうち涙がぼろぼろこぼれてきました。しばらく泣いていました。

 もう涙も出なくなって、ぼんやりしていました。

(わたしがここにいることは、誰も知らないんだわ。)

とピヨは気がつきました。

(どうしたら、おかあさんのところへ、帰れるのかしら)

と考えました。

 あたりは、ますます暗くなってきました。

 ピヨは、寝るところをさがそうと、立ち上がって歩き始めました。でも、どちらを向いても、何もありません。

 ピヨは、そこに眠ることにしました。

 目をつぶって、おかあさんや、かぞくのことを思い出しました。

「神さま、またみんなに会えますように。」

 そのとき、ピヨは、頭に何か小さなものが落ちてきたのを感じました。手でさわってみました。でも、何にもありませんでした。目をあけて、ピヨはおどろきました。金色の粉が、ぱらぱらと、あたりいちめんに降りそそいでいたのです。その金色の粉は、雲の上につくと、消えてなくなってしまいました。金色の粉が、頭にさわるたびに、かすかに美しい音がしました。よく聞くと、なにか歌っているようでした。

「金のしずくのふる星の国
よるしか見えない妖精の国へ
ようこそ   どうぞ
ゆっくりおやすみなさい。」

 くり返し、くり返し、その歌は聞こえてきました。ピヨは、歌をききながら、いつのまにか眠っていました。



 まぶしい光で目がさめました。お日さまに近いせいか、光がつよく感じられました。

「あぁ、よくねむった。きょうこそ、家へ帰れますように。」

 ピヨは、立ち上がって、伸びをしました。前を見て、おどろきました。キツネが、すぐそばにいるのです。

 きのうは暗かったので、見えなかったのにちがいありません。

「どうしよう。」

 逃げようにも、こわくて、からだが動きませんでした。

(きのう、まちがえて、元のところにもどってしまったんだわ)

まだ、キツネは、眠っています。いや、眠っているのでは、ありません。よく見ると、キツネは傷をおっています。うしろの左足のひざのところに、血がにじんでいます

 ピヨは、思い切って、声をかけてみることにしました。

「キツネさん。」

 キツネは答えません。

(キツネさんは、よほど悪いのかしら?)

 ピヨは、もういちど、呼んでみました。

「キツネさん、傷、痛いの?」

「う、う〜ん。」

 キツネは、やっと声をだしました。ピヨは、キツネのことがまだ少しこわくて、ちょっとうしろへ下がって、話しかけました。

「キツネさん、キツネさんはどうしてここにいるの?」

「やぁ、ピヨちゃんかい?」

 ぴよは、キツネがじぶんの名前を知っていることにおどろいて、早口でたずねました。

「キツネさんは、どうして私の名前を知っているの?」

 キツネは答えました。

「どうしてって、おなじ森にすむ仲間じゃないか。かわいいピヨのことなら、誰だって知ってるさ。」

「えっ、キツネさんは、わたしを食べようとして、追いかけて来たんじゃなかったの?」

「とんでもない。わたしは、ピヨと一緒にひなたぼっこしたくて、声をかけようとしたんじゃよ。それに、ピヨのお母さんから、ピヨが遠くへ行かないように見ているよう、いつもたのまれておったからな。」

ピヨは、キツネに悪いことをしたと思いました。

「キツネさんのこと、うたがったりしてごめんなさい。わたし、おかあさんから、キツネに気をつけなさいっていわれてたから。」

と、あわててあやまりました。

キツネは笑って答えました。

「それは、よそ者のキツネのことじゃろうよ。らんぼう者がいるからなぁ。しかし、いくらキツネがひよこを好きだからといっても、生まれたときから知っている、かぞくのようなひよこを、食べたりすることはないんじゃよ。」

 ピヨは、キツネの話を聞いて、ホッとしました。そこで、キツネに聞いてみることにしました。

「ねぇ、きつねさん。わたし、どうやったら、おかあさんのところへ帰れるの?」

 キツネは答えました。

「わたしも、困っておるんじゃよ。沼の近くで、わしら二人とも、たつまきに巻きこまれて、雲の上まで来てしまったらしいんじゃ。わしもこんなことは、生まれてはじめてじゃからな。」

 ピヨはがっかりしました。おとなのキツネなら、きっと知っていると思ったからです。

 でも、

(こんどはひとりじゃない、仲間がいる。)

 そう思うと、勇気がわいてきました。

「ねぇ、キツネさん。足のけが、ずいぶん痛いの?」

「あぁ、動かすと痛いんじゃよ。たつまきに巻き込まれたときに、何かにぶつかったらしい。歩けるといいんじゃがな。」

 ピヨは考えました。歩けないキツネといっしょにどうしたら帰れるかを。

「キツネさん、わたしたち、雲から飛びおりたら、どうなるかしら?」

「わしは年よりじゃ。そんな危ないことはできんよ。それに、ピヨちゃんのような羽も無いしな。」

とキツネは答えました。

 ピヨがじぶんの羽ではまだ飛べないことを、キツネは知らないのです。

 夜になるまで、キツネとピヨはいろいろ考えました。

 でも、ふたりともいい考えは、思いうかびませんでした。

 ふたりは、考えるのにつかれると、沼のことを話したり、森の動物たちのこと思いだしたりして、ときをすごしました。

 ピヨは、キツネから森の話を聞いて、じぶんが森の仲間からたいせつに見守られていたことを、はじめて知りました。

 夕ぐれになりました。ピヨはきのうの金色の粉のことを思いだしました。そして、金色の粉が歌った歌のことも。

(今夜は、あの金色の粉に話しかけてみよう。もしかしたら、なにか教えてもらえるかもしれない。)

とピヨは思いました。

 暗くなって、空に星がかがやき始めました。金の粉がひとつぶ、落ちてきました。

「ほら、キツネさん。金のしずくよ。」

 ピヨはうれしくて、キツネに声をかけました。

 するとキツネは

「なんのことじゃ?」

といいました。

 ピヨは不思議でした。空からは、さっきよりたくさんの金色の粉がふり始めているのに、きつねは知らん顔をしているのです。

「ほら、空からたくさん降ってきてるわよ。」

「ピヨちゃん、何をいってるんじゃ。空は真っ暗で、何も見えんよ。」

 こんなにたくさん降っていて、まぶしいくらいなのに、キツネにはどうして見えないのか、ピヨにはわかりませんでした。

「キツネさん、ほんとうに何も見えないの?」

「わしは、うそなどついておらん。ピヨちゃんには何がみえるんじゃ?」

 ピヨは、だまりました。キツネには金のしずくが見えないということに、ピヨは気がついたのです。ピヨはひとりで金のしずくにきいてみようと思いました。

 ピヨは心で話してみることにしました。

「はじめまして。」

「金のしずくのふる星の国
 夜しか見えない妖精の国へ
 ようこそ  どうぞ
 ゆっくり おやすみなさい。」

 ピヨには、つうじたのかどうか、わかりませんでした。もういちど、心で話しかけてみました。

「こんにちは、金のしずくさん。」

「金のしずくのふる星の国
 夜しか見えない妖精の国へ
 どうぞ どうぞ ごゆっくり。」

 つうじているみたいだ。ピヨは、おもいきって、きいてみることにしました。

「金のしずくさん。じつは、わたしたち、たつまきに巻き込まれて、ここへ来てしまったみたいなの。どうしたら家へ帰れるのかわからなくて、困っているの。」

「金のしずくのふる星の国
 夜しか見えない妖精の国
 金の橋が 見えるとき
 渡りなさい 向こうまで。」

(心がつうじた! でも、金の橋って何だろう。)

 ピヨはうれしくて、おもわず声を出して話しかけました。

「金の橋って、なあに?」

 声を出したとたんに、金の粉は見えなくなってしまいました。

(しまった!)

 そばで、キツネが、ピヨのことを心配そうに、のぞきこんでいます。

「どうしたのじゃ。きゅうにだまったかと思うと、こんどは大きな声を出しおって。いったい誰にしゃべりかけておるのじゃ。」

 ピヨはねぼけたふりをしました。

 どこに金の橋があるのか、どう考えてもピヨにはわかりませんでした。

 あたりいちめんの雲を見まわして、ピヨは、ため息をつきました。

 その夜は、なかなかな眠れませんでした。

 いつの間にねむってしまったのか、強い光で目がさめました。

 キツネはもう目をさましていて、ピヨのことを呼んでいました。

「ピヨちゃん。目をさまして見てごらん。」

 そういいながら、ピヨの背中をゆすっていました。ピヨは目をこすりながら、キツネの方を見ました。ピヨは、おどろきました。キツネのすぐうしろに、金の橋がかかっていたのです。まっ暗な中に、金の橋が輝いていました。キツネは金色の光をうけて、まるで後光がさしているようでした。ピヨには、それが金のしずくがいっていた橋だと、すぐにわかりました。

「金のしずくさん、どうもありがとう。」

 ピヨは心の中でつぶやきました。

 すると、どこからか

「金のしずくのふる星の国
 夜しか見えない妖精の国から
 さようなら
 どうぞ おげんきで。」

 金のしずくの声が聞こえたように思いました。

 ピヨは、キツネにいいました。

「あの金の橋をわたりましょう。きっと家へ帰れるわ。」

 キツネは、びっくりしました。

「ピヨちゃん、それはあぶないよ。あれはただの虹じゃ。渡れるわけがない。」

 ピヨはこまりました。キツネには、金の橋がただの虹にしか見えないらしいのです。

キツネは金のしずくのことを知らないし、ピヨが金のしずくと話をしたことも知らないのです。

(どういったら、キツネさんにわかってもらえるかしら)

「キツネさん、わたしを信じて。」

 キツネは、だまって考えていました。

 しばらくして、キツネは、ピヨにききました。

「教えてほしいじゃが、ピヨはどうしてあの橋が渡れると思うんじゃ。」

 ピヨは、キツネに、金のしずくのことを話しました。しかし、キツネには信じられないようでした。

 また、しばらく、だまって考えていました。

「よし。ピヨちゃんが信じるなら、わしも信じよう。わしだけひとり、ここに残っても、さびしいしな。うまくいけば、また、森の仲間たちと会えるんじゃ、わしもいっしょに行くよ。」

 ピヨとキツネは、金の橋の方へ、進んでいきました。

 キツネは、まだ、傷が痛くて、足をひきずっています。ピヨはゆっくり進みました。橋のたもとにたどりついて、近くで見ると、ピヨはちょっとこわくなりました。さっきは強い光でよく見えませんでしたが、金色の光にすけて、向こうが見えるのです。

 ピヨは少し迷いました。でも、やっぱり金のしずくのいったことを信じようと思いました。おもいきって金の橋に足を一歩ふみ入れました。

 すると、金の粉がふわっと舞い上がりました。キツネが叫びました。

「わしにも見えた。わしにも金の粉が見えたんじゃ。ピヨちゃんのいったことは本当じゃ。金のしずくを信じよう。」

 ピヨは片足を橋にのせて、キツネの手を取りました。キツネも、橋に一歩、足をふみ入れました。また、金の粉が舞い上がりました。ピヨとキツネは、顔を見合わせて、にこっと笑いました。

 ふたりが両足を橋にふみ入れると、強い光がふたりを包み込みました。ピヨとキツネは光に包まれたまま、橋の上を進みました。光のほかには、何も見えませんでした。それが長かったのか短かったのか、ピヨにはわかりませんでした。



 目がさめると、ピヨは森の中にいました。おかあさんのすぐそばで眠っていました。

「キツネさんは?」

とピヨはおかあさんにききました。

「キツネ? なにいってるの、ピヨ。夢でも見てたの?」

 ピヨは、じぶんでも、

(夢を見ていたのかもしれない)

と思いました。

 でも、にぎりしめていた手を開けると、金の粉がぱらぱらと床に落ちて消えました。

(キツネさんも、ちゃんとお家に帰れましたように。)

 ピヨは心の中でそっとつぶやきました。


( 評 )
小説ではない。童話である。
難なくまとめられて好感が持てる。
ひよこのピヨが一人で沼に遊びに行き、たつまきにまき込まれて雲の上に飛ばされてしまう。そこで森の仲間の足に傷を受けたキツネに出あう話。二人で金のしずくにみちびかれ、金の橋を渡ろうとした所で目がさめる。
お母さんのそばで眠っていて、夢を見ていたらしいK。もう少し、メルヘン的な要素があったら、もっと楽しいものになったのではないか
なお、会話の「・・・・・・」や(・・・・・・)の場合、「・・・・・・。」(・・・・・・。)の。はいらない。 ご健筆を期待する。

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