詩 市民文芸作品入選集
 入 選 

節分
大藪町 寺田すゑ子

節分の夕方 あねさん被りの母が豆を煎る
竈の燠で程好く炒り上り 焙烙の中から
芳ばしい香を漂わす 去秋満作だった大豆
一枡桝に山盛りの炒り豆を神棚に供える父の
足元で畏まり 神妙に柏手(かしわで)を打つ七人の子ら
それも 此の家(や)の習(ならわし)の一形で
内縁を開け放ち 威勢よく豆を撒くのも
先祖代々 家長に課された為来(しきた)りの定形で

福は内! 福は内! 大きな呼声に
つられて来るのは どんな福
鬼は外! 鬼は外! 豆の飛礫に
慌てふためき逃げるのは なんの鬼
 〜 仄白い宵闇が 幼眼(おさなまなこ)に見せたのは
 庭の南天から零れる雪の影ばかり〜
長兄が大急ぎで 雨戸を閉めると
座敷に転がる豆を拾い合い
夫れ夫れ 齢の数より一つ多く食べて
 〜 それから拾ったのは 古里の
 まだまだ固い 豆粒ほどの春だった〜
近年の節分は 恵方に向かい
巻鮨を丸かぶりすると 幸運を得るという
謂れ知らずの風習に ついつい馴染み
椎茸・干瓢・高野豆腐・三つ葉・卵焼きで
今年もせっせと海苔巻作り 娘宅にも届け
大羽鰯の焼いたのと 袋入り福豆を貰い
福は内! 鬼は外! と ひとり
本年の恵方とやらの“西南西”に向き
棒状巻ずしにかぶりつく そして
鰯の身をせせりながら――私は

懐かしむ……わが身に
棲みついていた 小鬼たちを
好奇心を囃す鬼 不平不満を募らす鬼
なかには もっと邪悪な鬼も居て
嗾ける鬼や唆かす鬼のために苦しんだのに
なぜだろう もう その気配もなくて
涙ぐむ……ふと
自我の軽々しさに


( 評 )
古からの節分の行事が丁寧にかかれている。これは詩作品でもあり又歴史の語りべであるかもしれない。詩として多少刈り込みをしてはいかが。

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