随筆・評論 市民文芸作品入選集
 入 選 

石でガードされた松の木
平田町 三宅 友三郎

 私の家の近くに、ちょっと風変わりな松の木が一本立っている。と言っても、決して芸術的な面白みのある松ではない。道端にまったくなんの変哲も無く、ただそこに立っているというだけであり、本来ならとっくに切られていたかもしれないようなものである。ところが最近驚いたことには、その根っこの周りをガードするために、とても一人では動かせないような数個の石で囲まれていたことである。もともと風変わりな松の木なのに、さらに変わったことを、いったい誰がしたのであろう。私でなくとも気の付いた人であるなら、きっと不思議に思って興味を持つかもしれない。

 確かに、この松の木が立っている前の道は、一日中自動車が頻繁に走っている。いや前というより本当は松自体が、道端から1メートルほど中に入り込んでいたから、自動車を運転する人たちにとっては、大変邪魔な存在になっているかも知れない。その通り、幹の地面に近いところには、何かにこすられたように茶色の堅い表皮がはがされ、白い中身まで痛々しく見えているところもある。

 ところで私は最初、この松を風変わりなとか、何の芸術的な姿でも無いと紹介したが、「百聞は一見にしかず」の言葉は承知の上ですこしスケッチしてみたい。まず立っているところである。芹橋を渡って道を真っすぐ平田町の方へ歩むと、ちょうど彦根タクシーの前辺りで、道は剣先のように二つに分かれる。それを右側の方に足をとると、6、70メートルぐらい先の同じ右側に、道に出ぱって立っている松がいやでも目に入ってくる。

 そして正面に立って見ると、丈はまず平屋の屋根の棟ぐらいだろうか。いや直ぐ後ろに立っている電柱の、半分にも満たない高さである。もちろん私には松の樹齢なんぞはとても分からないが、意外と幹は太く、40センチメートル近くはあるだろう。さらにまた何とも奇妙なことには、その主幹が平屋の屋根より低いところでぶっつりと切り取られ、その切り口には錆びた古いトタン製のバケツが被せてあることである。そしてそこから後ろに伸びた枝の方が主幹のようになり、電柱を囲むように前後左右に何本かの枝を伸ばしている。ただそれだけのこんな松であるのに、どうして石でガードするまでに大事にされるのであろう。それどころか自動車を運転する人の方こそ大変である。うかうか運転していてぶつかったら、反対にとんでもないことになってしまう。

 しかしそんな松であっても、私にはちょっとした思い出がある。それは、一昨年の暮れ、思いもよらず一人の中年の男の人が、この松を熱心に葉刈りしているのを見かけたことである。さらに記憶をたどってみると、はじめてこの松に気づいたころ、現在立っている松から少しはなれた芹川よりにも、今一本別の松の木があったことである。すでに半分以上は痩せて枯れていたが、やがて道の端にほうり出されたように横たわり、いつの間にかその姿は消えていた。

 ところで私はここまで書いて来て、だんだんと筆の進みが怪しくなってきた。勿体ぶらずにその本意を言えば、この通りはかって江戸時代に、朝鮮から来た通信使が通った道である。一名「朝鮮人街道」とも言われているが、戦後ある時期までこのあたりには、まだまだ松並木が続いていたそうである。それが現在までにどうした理由か、ほとんどがなくなってしまっている。私にはその理由は分からないが、その中でただ一本残ったのがこの松であるということである。

 もちろん地元に古くから住んでいる人達にはよくご承知のことであるが、私のように他の土地から移って来た者にとっては、ながらくそこに住んでみてやっと気がつくという迂闊さである。それでも何年か住み慣れてみてこの町の歴史を知りだすと、だんだんと疎外されてゆく松の木の行方はやはり気になるものである。

 いまあらためて葉刈りをしたり、ガードされた石を見つめていると、口先だけでとうてい手も足も出ない私などと違って、本当にこの地に生まれついて郷土の歴史を、心から愛する人の気持ちが伝わってくるような気がする。簡単に年の暮れに葉刈りされていたといっても、きっと正月前の一日を、松のためお化粧直しをしようとあてられた心の底には、こうした気持ちが存在するからであろう。

 そして今日、さらに松の根元が石でガードされている。同じ人であるのか、別の人であるのか、これも私には分からない。しかし単なる郷土意識だけでなく、本当に郷土の歴史を愛し、失われて行く郷土史跡の一つ一つを口先だけでなく、背に汗を流しながらも、身をもって子孫に残して行こうとされている情熱には、ただただ、私は頭の下がる思いである。


( 評 )
順序立てて、きちんと文脈を構成しようとする余り、書き出しはやや冗長。一本の松の木を譲ろうという人が登場し、郷土を愛する心が息づいていることにホッとしたものを感じる。作者の細かい観察力に感心する。

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