青い湖
湖の岸辺の老人ホーム
防風林をへだてて古い平屋の赤い屋根
今日から母はここの住民になる
三月の湖は青く輝いている
痴呆の母に湖はどのように映るだろうか
難聴の耳にかすかな波の音は聞こえるまい
広がる湖の景色に呆然として
自分の居場所を見失いはしないか
明日慣れぬベッドでの目覚めに
射し込む朝日の角度をいぶかりはしないか
親しい家族の気配を待って
いつまでも来ない事に失望しはすまいか
みずみずとした母子の日々は遥かに遠い
その延長線はどこで途切れたのだろう
母のために他の終生を選べなかった
許しを乞わなくてもよいのだろうか
青い湖に私は幾たびも涙ぐまねばならない
見舞った母を一人残して帰るとき
いつか息を引き取った母につき添って
湖に向かうアプローチを出てゆくときも
生きる限り私のそばに青い湖がある
苛み 癒し 諦めの涙とともに
やがて母も私も涙も雲散霧散して
湖はまた誰かの青い湖になるのだろうか
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