随筆・評論 市民文芸作品入選集
入 選

思い出の散歩道
下矢倉町 勝見 久子

 平成十四年七月七日、彦根市障害者協会のユニバーサルスタジオジャパンの旅行に行きました。好天に恵まれ楽しい旅でした。大阪市内でバスが渋滞して止まった時に窓外を見ると、高層ビルの谷間に淀川堤防が見えて散歩する人に、六十年前の自分の姿が重なり懐かしくなりました。
 思えば父母亡き後十四歳の時に大阪で働く事になりました。七歳の時に聞く耳を失い、何も分からないまま叔父に連れられて大阪に来ました。叔母さんや四歳の坊ん姉やに笑顔で迎えられて嬉しく思いました。翌日は坊んと子犬の「まり」を連れて町内の道を散歩しました。姉やと買物にも行き少しづつ町になれて来ました。叔母さんから日頃の挨拶や行儀も教えて頂き、夜は二階で姉やとお話が出来るのも楽しい。もっぱら坊んの遊び相手をしました。秋の夜、姉やと歩いていると屋台車に関東煮を売ってました。姉やが竹串に刺したのを二本買って一本下さった。初めて食べておいしかった。短い間ですが叔父の家は楽しかった。
 正月も終わり工場に行く日が決まりました。叔母さんが縫って下さった着物と羽織りを着て坊んと「まり」と玄関に並び叔父が写真を撮って下さった。叔父叔母さん姉やにお礼を言って叔父と工場に来ました。淀川土堤の下です。
 社長さんは笑顔で迎えて下さる。工場も見せて下さる。初めて見るミシンや大きい鉄アイロンに驚き恐くなりました。叔父が社長さんに頼んで帰られる時は胸が一ぱいになって涙が出ました。工場の二階が寄宿舎になり大広間です。私の先生になる人が明日朝少し早く起きて二人で土堤を散歩すると言われて嬉しかった。初めての大川に又びっくりすると共に土堤は歩きやすい。両岸共堤下は枯葦が生茂っている。中央に豊かな水が流れている。対岸の工場や学校に行く人に渡舟が有り朝夕は大勢の人で賑やかです。川の水は琵琶湖から流れていると先生が教えて下さる。滋賀県に生まれて誇りに思い大阪が親類のように思いました。広い裁縫台に二人向き合って一組になり仕事をします。初めは先生の手を見て覚える國防色の軍服のように思いました。胸ポケット下の蓋付きポケット、衿、袖付が難しい。先生は美しくていねいに仕立てています。
 私も出来るかな・・・・・・と不安になる。其の夜から夜空に向かって亡き父母に仕事が覚えられるよう美しく仕立てられるように兄弟も無事で有るように祈りました。毎朝の散歩も気持ちが清々しい。大阪言葉と意味も教えて下さる。
 仕事も午前と午後に十五分休憩が有りおしゃべりや向こうの人が、紙に漢字を書いて高く見せて読めますかと言ったり、面白い漢字を書いて、見せて下さる。皆大笑いされるが私は有難いです。工場の人全部が家族のように思いました。其の年の暮れに皆田舎に帰られる。私一人帰る所が無い。広い寄宿舎に一人寝る時は淋しく亡き父母を偲び泣けました。社長一家皆様の厚意で家族と一緒に食事や火鉢の部屋で本を借りお餅を焼きなどで楽しい正月になりました。初仕事にはみんな帰阪されてうれしい。田舎の食物を多くたくさん持って帰られ夜が楽しみです。私にもおすそわけ下さった。
 先生のお母さんが綿入れ半天を私に下さる身も心も温かい気持ちを頂き心から嬉しい。
 私もズボンが縫えるようになりました。其の折、社長の上の娘さんが病気になり養生された甲斐もなくお亡くなりになりました。私に本を貸して下さり映画など連れてって下さった心優しいお姉さんです。女学生です。悲しくつらかった。
 先生が夜、仏間でお経を毎日読まれました。私も後ろで手を合わせて拝み御冥福を祈りました。
 其の年も暮れて新しい年に先生は田舎から帰阪されず退職される。つらく淋しい日々でした。
 社長が厳しい中にも温かく励まして下さる。上着とズボンを仕立てる事になりました。先生の教えを守り新しい下張りさんと二人で頑張りました。健常の下張りさんに助けられて社長さんに喜んでもらえる仕事を出来る事は幸せです。B29が飛来し防空壕に入る時が多くなり恐かった。工場も戦災にあって敗戦になりました。戦後三十年ぶりに彦根で再会しました。
 洋裁仕立の店をしていました。私も型を取ってもらい縫方も教わったり変わらぬ交流を頂き年を重ねて来ました。
 平成十四年二月ある医院で車椅子の先生に会いました。先生が「もうあかんわ」と言われて驚き後程寄せて頂きますとお伝えしました。
 私の診察が終わりすぐ家にお伺いすると、今入院されましたと聞いて面会は出来ないまま帰りました。平成十四年五月二十六日に、先生と最後のお別れになりました。
 六十年ぶりの大阪淀川土堤を語りたかったのに残念です。先生にたくさん教えて頂けた事は私にとってかけがえのない宝物です。
 長い間本当に有難うございました。


( 評 )
書かれたものが如何に読み手に伝わるかは文章の生命である。文章の上手下手はそのあとの勉強だろう。高速道路の渋滞で、ビルの谷間から見えた淀川堤と、そこを散歩する人を見て、六十年前の自分の姿を思い出す。登場人物が全て善人で、全ての人達に助けられて今日があるとする筆者の人柄に、頭のさがる思いにさせられる。

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