<総 評>
今回、初めて審査を担当させていだだくことになった。応募作は三編と少なかったが、秀作を得たことは喜ばしい限りである。
小説の「創作方法」は人によって、また作品によっても異なる。しかし、これだけは言えることは、「小説は人間を描くもの」であり、自己を深く見つめ、自己を発現するのは文学の基本であるということだ。
木村さんの『朝駆け』が成功したのも、この基本に叶っているからである。見かけ上は「祖父」を描いているかのように見えながら、その実、かつては〈他力本願〉という言葉を嫌悪した「私」をあぶり出す。他者の発見は即ち、自己の発見に他ならない。
西沢さんの『行雲流水』も入選に匹敵するほどの佳編だった。癌を患った旧制「彦根中学」時代の親友を励ます書簡形式の作品で、他者を思いやる慎み深い語り口が、人間としての共感をよんだ。
小説(テーマ)の新しさとは、決して素材の新しさではなく、その素材(事柄や人間)の見方や捉え方の新しさにある。他の誰のものでもない作者独自の個性的な発想と表現こそが、新しい世界と自己の発見へと導く。
苦労して書く愉しみもそこにある。大いに創作に励み、ふるって応募していただきたいと思う。
(木下 正実)
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