随筆・評論 市民文芸作品入選集
入 選

ブータン大好き
南川瀬町 小林 幸夫

 幸いなことに、アフリカを除く諸大陸のほとんどの国を旅することが出来た。どの国もいい所もあり、もう一つという所もある。人間と同じでそれで当然と思う。だからどの国が一番良かったと聞いて下さる方にその様に返事をしている。しかし私はすごいアジアびいきであるから、欧米の様にきれいで進んだ国、尊大な態度の国は余り好きではない。貧しくとも、柔らかい微笑みで接してくれる人々の地が大好きである。アジアの仏教国は争いが少なく、静かに生活しておられる。金持ちの国々がより欲望が強く、他国の権益に金力や軍事力で迫っている姿は、何と浅はかだろうとしか思えない。タイ・ミャンマー・ブータンは静かな仏教国で、貧しい中からでも、仏像の金箔の一片ずつを喜捨している人々の心持は広い。その中でも私はブータンが大好きになった。ヒマラヤ山脈の山麓にある小国ブータンは王国である。鉄道もなければ、勿論大きい整備された空港があるわけではない。タイのバンコクで、これも唯一のブータン航空の中型機に乗りかえて、山にはさまれた狭い河川敷につくられたバロ空港へ(これもこの国ただ一つ)に降り立ってまず目を見張るのは、空港関係者すべてが国家公務員だそうだが、全員日本の着物、どちらかと言えば褞袍〔どてら〕に近い制服でにこにこと迎えてくれることだ。公務員は勿論教員も、この制服着用が義務づけられていると聞いた。民族文化を大切にしているのだと感心させられた。現地旅行者のガイドもドライバーもその服装であり、最近着なくなったが着物好きの私には心休まる気分だった。空港の建物もゾーンと呼ばれるブータン様式の建築で、そこにもこの国の自国文化を大切にし、誇る気持が見られた。わずかな平地は稲作が行われ、日本古代の赤米なども作られていた。
 小国でほとんどが山地であるが、緑は豊かで気持が休まった。緑の木の多くは松で、最終日前夜のディナーは現地旅行者の招待で松茸料理がメインのものだった。焼松茸をふんだんに食べさせてくれ、又そのタレの美味なこと、高価で久しくこんなに食べたことはなかったので大満足。何とかこの国から我が国への輸出ルートが出来ないかと思えた。バロではコテージ風の部屋がりんご林の中に散在していて、食後には小型だがそのりんごを食べてよいということで、果物好きの私にはいい調子だった。長さ十五米、巾五米ぐらいの仏画の幕が一年ぶりのご開帳で、それは日の出と共に収納されるというので、朝三時に起きて闇の中をバスでとばして約二時間。やっと間に合って、晴れ着で集まって来たブータンの人々と共に、その祭り(ツェチュ)に参列した。お祭りを進行するのは男性の性器を型どった棒状の物を持った道化師で、色々とユーモアある仕草や言葉で見物を笑わせつつ喜捨を受ける。子どもの僧、女性の一団、男性の僧、楽隊の人々と代わる代わるその大仏画の緞帳の前で色々な舞などを演じる。勿論その間にお経の大合唱もある。この早朝のツェチュは、首都テンプーで午前中長くあるものよりずっと素晴らしかった。この年一度の短い時間に恋も芽生えるという。その会場を出ると周り一帯は、山の斜面の棚田だった。テンプーのツェチュは元宮殿の中庭で行なわれ、一杯の人が広場にも、ゾーンと呼ばれる四方に立つ建物の中にもいて、にぎやかだった。ゾーンの外で大家族が食事をしているのに近づいて話しかけ、一緒に写真に入ってもらった。大歓迎で笑顔で写真におさまってくれた。
 郊外の丘にはたくさんの幟が立っていて、以前時代劇映画で見た陣屋の様であった。いつもこういった旅でどこへ行きたいかと訊ねられると、民家訪問を希望する。この時は現地旅行社の社長の家(ドライバーが弟)に案内してくれた。三階建のゾーン様式の家で一階が家畜の小屋、二階と三階が居間で三階の八畳位の一室は仏間になっていて、部屋全体が仏壇の様であった。温厚そうなおじいさんが坐っておられた。私は仏教国へは念珠を持っていくので、丁寧な礼拝をしたら喜んで下さった。タイツアンの僧院は、切り立った岩肌にへばりつく様に建った寺で、山路が最近危険でという事でそこに行けず、谷をへだてた同じ高さの所から見た。遠くから見るのも又風情があって良かったと思っている。その見学場所の食堂で昼食を終え、埃だらけの土産物の棚に、ポイと捨てられた様に小さい何に使われるのか分からない白い金属のケースがあり、その表の彫刻が良かったので買いたいと言ったが、店の人にもなかなか値段のつけ様がなく、何とか適当に言ったみたいだったが買った。ツアーの人に、「それは掘り出し物で、税関で取り上げられるぞ」と驚かされたが、まあ無事で今はお気に入りのミャンマーのバックにつけて、海外旅行に毎回持ち歩いている。カメラを車の床に落して故障、代りに日本製のカメラを貸してくれた青年や、多くの人々を忘れることは出来ない。


( 評 )
 アフリカを除き諸大陸のほとんどの国を旅したとは、なんという幸せな人だろう。ブータン王国の珍しい光景が次々と綴られているが、やや一本調子で旅行記に終わってしまっているのが惜しい。

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