随筆・評論 市民文芸作品入選集
入 選

神の住む国
平田町 平塚 かおる

 デリーのインディラ・ガンジー空港に到着し、迎えのバスへと歩き出すと、大勢の客引きドライバーが私の腕やかばんを引っぱり、「ジャパニ(日本人)、安くするよ。乗ってかないか」と声を掛けて来る。「さぁ、またインドに来たぞ」と、体から吹き出す汗を感じながら、足早にバスに乗り込む。

 初めてインドに行った時には、有名な観光名所を巡り、写真を撮り、日程をただ順調にこなす旅をした。観光名所やホテルから一歩外へ出ると嫌でも直面する「現実」を、なるべく見ない様にしていた。
 「現実」とは、目の前にまざまざと突きつけられる「貧困」である。薄汚れた布をまとい、横になっている路上生活者たち。じっと動かず、生きているのか死んでいるのかさえ解らない。その一方では、美しく整備された街並みの中、裕福な人々の豪邸が建ち並ぶ。両極端なインドを見せられた私の頭の中は、冷静を装いつつも、完全にカルチャーショックを受けて混乱していた。
 前回の旅行では敢えて見なかった、見たくなかった物を見てみよう。人々に接し、考えてみたい。そんな思いを胸に、私はまたインドにやって来た。

 気温四十五度の日中は、商店街などの大きな通りでも人影はまばらだ。日が沈み、少し涼しくなると、人々は一斉に街へと動き出す。私もつられて出掛けてみる。
 間もなく私は、物乞いをする人々に取り囲まれ動けなくなってしまう。ほとんどが子どもだが、中には足や腕を失くした人や、やせ細った赤ん坊を抱いた女性などもいる。
 「お金をください」と、無数の手が私の体に向けられる。どうする事も出来ず、無言で歩き出す。罪悪感で一杯になりながら数メートル歩き、恐る恐る振り返ると、子どもたちが「ベーッ」と舌を出して私を馬鹿にしていた。実にインドの子どもたちはたくましいのだ。罪悪感を感じる事自体が、そもそも間違っているのだと気づいた瞬間だった。

 物乞いをする人の多くは、カースト制度の下層の人々だ。「差別はいけない」と解っていても、カースト制度や宗教的な戒律は、インドに根深く存在し、貧富の差をとても激しいものにしている。
 それなのに、暴動が毎日起こる訳でもなく、インドの下層の人々が日々暮らして行けるのは何故か。それはインドの人々が「輪廻転生」の思想を強く持っているからだろう。
 人間は死後再び生を受け、そこで再び死を迎え、果てしなく生死を繰り返して行く。そして、「善い行為をなした者は善き者として生まれ、悪しき行為をなした者は悪しき者として生まれる」という思想だ。来世の自分が、今の自分以上であるために、人々は祈る。

 祈りの場として代表的なのは、やはりガンジス河だろう。ヒンズー教の神であるシバ神の左目から流れた涙でできた河とされ、「聖なる河」と呼ばれている。ヒンズー教徒ならば、死ぬまでに一度でいいから訪れたいと願う偉大な河なのだ。
 河の中で無心に祈る人々の横では、水牛の群れが気持ち良さそうに水浴びをしている。河岸には死を目前にし、最後の時をガンジス河で迎えたいという人たちの「死を待つ家」という施設もある。その前でボウボウと燃える赤い火は、遺灰を河に流してもらえる上層階級の火葬である。ほとんどの遺体は、そのまま河に流される。決してきれいとは言えない黄褐色の濁流であるガンジス河は、すべてを優しく包み込む。私はそれらの光景を、時間を忘れて見ていた。
 日本では神なんて信じない私。クリスマスも正月もイベント化している。でも、そう。インドには神がいる。確かに神は存在するのだ。豊かな人には自分を律する力となり、貧しい人には生きる糧となって、人々の心の中に住んでいるのだ。

 日本へ向かう夜間飛行の静かな機内で、豊かさだけが人間の幸せではない事を感じていた。日本が無くした何かがインドにはある。それが私を、「インドにまた戻って来るだろう」と思わせるのだ。

 元の何倍もの値段で、私に靴を売った小憎ったらしい店の主人や、道路の真ん中で座り込む、あつかましい聖なる牛たち。チリチリとやかましいリキシャのベルや、人々の声がひしめき合う雑踏。空には降る様な星々と大きな月が白く輝く。目を閉じて、終った旅への思いを馳せると、遥か遠くになったインドの温かい風を、一瞬、頬に感じた気がした。


( 評 )
 インドで見た異様な体験や現実を目のあたりにして、歯切れのよい文体で要領よくまとめられている。テーマが大きいだけに、従来から語られてきた思想への拘泥が感じられ、筆者固有の視点も語られればと惜しまれる。

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