随筆・評論 市民文芸作品入選集
入 選

やすらぎ
日夏町 小林 勝一

 メダカのことを書こうと思う。私がメダカを初めて飼ったのはある年の四月のことである。仕事の機材を置いてある倉庫に風呂桶を幾つも置いて水を溜めておいた。風呂桶が五個。設備工事をしているので古い桶がたまる。
 水は無いので家からプラスチックの入れ物を一〇個ほど用意して運んだ。初めてのメダカは娘の彼氏がペットショップで買って入れてくれた。二〇匹の緋メダカ。大きな風呂桶にメダカは寄り添って、覗き込む私を不安そうに見上げていた。心細い避難民のように見えた。それで、ペットショップでメダカの餌と浮藻のほていあおいを三つばかり買い浮かべてみたが隙間ばかりでメダカの心細さが無くなった様にも思えない。そこで一〇センチのビニールパイプを長さ三〇センチほど切って沈めてやった。隠れ場所をこしらえたのだ。
 家では同じく風呂桶で金魚と小鮒を飼っていてパイプの切れ端とTの字の継ぎ手を巣穴として出入りしていたからだ。次の日、そうっと覗いてみるとメダカはポカンと浮いて固まって空を見ていた。四月の陽光に戯れるように嬉しそうに泳いでいた。私が顔一杯に覗いても潜ってパイプに隠れようとはしない。中層をすいすい泳いでいる。「暢気だな。無用心だろ。警戒しろよ」誰も居なければ格別。影が射せばせめて潜れよ。パイプに入れよ。気楽に上辺までひらひら、すいすいと来るなよ。どうも、ビニールのパイプじゃ駄目か。自然児のメダカの拒否反応か。今度は古い瓦を沈めてみた。また次の日。棒で瓦を静かにめくってみた。なんにも居ない。一匹だって入ってない。鮒なら絶対に入る。おかしいなぁ。今日も気楽に上目で白い雲を見ているのだ。こりゃあかんわ。私はどこかの家のメダカを思い出した。丸い桶に緑の藻を溢れるぐらいにしてその間から緋メダカがすいすいやっていてとても良い感じだった。「そうだ。藻を入れてやろうか」金魚藻なら鮒つりに行く矢倉川にたくさんある。矢倉川につながっている細い川で濃い緑のきらきらするのをたっぷり採ってメダカの中に入れた。たくさん採ったので余りは別の桶に分散して入れる。
 風呂桶の一面に藻は緑の陰をジャングルを作った。緑と緋色が陽光にうらうら漂って限りなく優しく懐かしい気持ちにさせてくれる。こうして私とメダカの付き合いが始まった。
 五月、六月。ペットショップで白いメダカとブルーメダカを二〇匹ずつ仕入れ、それぞれ風呂桶に入れた。他に友人と愛知川の別れの小川まで天然のメダカを採りに行った。
 水に気を使い、日陰に気を使い、はれもののようにして仕入れたメダカ、川のメダカ、どちらも環境が変わったのがいけないのか半数くらいは死ぬ。朝、どきっとする。
 小さいタモで死骸をすくうのが身をきるように辛い。「ごめんな。ごめんな」謝りながら土に戻るよう畑の横に埋めた。
 六月に入ると産卵が始まった。ホテイアオイの足の植毛のところに小さい小さい卵。つぶつぶが連なって、また点々と一つずつ離れてひっそりと存在さえも隠れていたい秘めやかさで。朝が楽しみとなった。卵の付いたホテイアオイは別の容器に移す。とりあえず百均のバケツ。ブルー、白、緋、天然、みな卵を産んだ。種類を分け、生まれた日にちによっても分ける。ほんとの稚魚、一ヶ月ぐらいは親と同じに出来ない。パクリと食べてしまうようだ。私はこの二年、ずっと見ているがその現場は見ていない。しかし、どうも数がおかしいとか、用心しないと減っていくことがある。不思議だ。大丈夫の場合もある。どうも、その固体によって違うように思う。
 それでも私は見たくない。見せないで欲しい。いつの間にか風呂桶五個と別に買った漬物桶六〇型、六〇リットルのが五個。ずらりと並んだ。ペットショップの売り場よりうちのほうが多い。第一、元気が違うわい。こっちは風呂桶だ。運動場だ。ジャングルだ。
 自慢のメダカは人にもあげた。夏の終わりには増えすぎて「早く取りに来てよ」そんな風だった。毎朝メダカを覗きに行くのが楽しみな日課だった。秋に事情があって仕事を止しにして借りていた倉庫の場所を撤去した。五個の風呂桶は一個だけ、漬物桶は一〇個に増やし、住まいに移した。メダカは友人に半数ほど上げて残りはうちに来た。
 そして冬。スダレで覆いはするが表は凍る。身を寄せる形の石と荒神山の落ち葉をたくさん沈め水底の密林にした。もしかしてと思い水道パイプの細いのを五センチに切り十本束ねて括り沈めた。メダカマンションにだれか入ってくれるか。蜂の巣みたいな穴に凍れる冬を過ごす洒落たメダカは居るのか。今日は二月二〇日。本日もメダカマンションの入居者ゼロ。


( 評 )
 筆者が唯一やすらぎを憶えるひとときは、メダカに接している時なのであろう。メダカに呼びかけたり、「ごめんな」と謝ったりする会話も面白い。文章も個性的で、形容詞の使い方や季節の変化のとり入れ方などは良い。

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