けやき坂
一
五月の午後だった。風が止み強い日差しが源次郎に降り注いだ。歩いている坂はだらだらと長く山を巻いて上っていく。上り詰めると九百尺の高さから隣藩に続く杉林だった。
だが源次郎は頂上まで行く必要はなかった。中ほどの五百尺の辺りに木を刈り払った空き地があり、そこから瀬戸内の海が一望できた。源次郎の仕事はその見晴らしの場所から望遠鏡で下の海を行き来する船の監視であった。平和で穏やかな西国にも幕末の波浪が押し寄せて、源次郎の小藩にも緊張する情報がもたらされた。長州藩が御所に押し寄せ会津や薩摩と砲火を交え敗走したこと。長州藩が攘夷の先駆けと称して外国船を砲撃して、その報復に仏国や英国の連合艦隊に手ひどく攻撃され砲台も打ち壊されたこと。幕府の二度目の長州征伐が始まること。源次郎の小藩を取り巻く流れは恐ろしいものだったが、小藩のしておれることは取り合えず周りの各藩の動きに気を配ったり、藩士を京や江戸に遣わして情報を得るぐらいのもので、藩地においては瀬戸の海を往来の船舶、特に幕府の軍艦の動きや、薩摩、土佐、肥前など雄藩の活動なども視て情報の分析というか、憶測だけでもしているーそれ位しか出来ない小さな藩だった。
大塚源次郎は次男だが長男が病で死に二十歳で外務掛りの下っ端の役職に付いてから五年が経つ。家には二つ下の初枝が居て彼の帰りを待っている筈だが「どうだろう?」源次郎はすこし心配している。と言うのは昨夜も飲んで暴れてしまったからだ。どのくらい乱暴したのか、途中から覚えていない。膳を蹴って初枝の膝に当たって小鉢や皿が飛び散ったこと。逃げる初枝を捕まえるとこちらを見据える初枝の瞳に恐怖より憎しみに近い色が見えたように思え、平手で叩いたのは覚えていた。嫁に来て二年だったがあのような反抗の目を向けたのは始めてのことだった。
「なぜ、わしは怒ったのだろう?」
坂を歩いて流れる汗を拭いながら思い出した。夕餉の肴に焼いた小鯛が出たが焼き方が足らず、小鯛の腹がのっぺり白くて、生臭い気がして「もう少し、焼いてくれ。焦げ目が付くほどに。」源次郎が言うと、
「十分でございます。火は通っております。」「わしは、生焼きは嫌いじゃて。」再度頼んでも動こうとしないのに、もうすでに怒りがこみあがって酒をがぶりと飲んで「早くせんか!!」怒鳴っていた。そして初枝が無言のまま、小鯛の皿を下げて土間の竈に行っていつまでも来ないので様子を見に行くと、初枝は竈にうずくまって落とした火を掻き立てていた。
「火種は落とすものではない。いつも申しておる。」
「・・・」
「いつ客人が来るやも知れぬ。それが判らんのか。」
「・・・」
源次郎は拗ねているような初枝の背を睨んでいたが元に戻り酒を呷った。
「そうだ。焼きなおした魚が・・・」
その後、長い間待って出された小鯛の真っ黒の焦げ目を見た瞬間に膳を蹴って立ち上がると初枝に掴み掛ったのだ。色が白く黒目勝ちの目は笑うとどきりとする色香がこぼれるのだが、源次郎から逃れようと向こうに向て謝りもせず、反抗的にうずくまるのに、
「お前は、亭主に黒焦げを出すのか!それが吉田の家の作法か?」言い募って肩をつかむと顔をねじ向けた。吉田というのは初枝の里で五〇石の山見回りの貧家であった。
大塚家は四百石の歴とした家ではあるが現当主の源次郎になってから、彼の振る舞いが粗暴である!とのことで、諸藩周旋役から外事の端役に廻されていて、それも、源太郎の焦燥を煽っている。藩の若侍の間でも勤皇、佐幕の論争が昨年より緊迫して脱藩者も出るようになった。源次郎も勤皇攘夷を声高に唱えるうちの一人であった。剣は道場で師範代の次席、でっぷりと厚みがある体躯から荒々しい迫力が漲っていた。短気である。思虜が浅い。浅学である。それが源次郎に対する上役の評価だった。学問より剣術を好み、血気の若侍たちと酒を飲み藩論がまとまらぬことに悲憤慷慨し、痛飲のあと、決まって刀を抜き剣舞を舞う。上士の彼に盾突くものはなく、酒席の金はいつも源次郎が払った。三日に一度の割合で城下の居酒屋に仲間と集う。
話題は京でどんなことが起きているか。薩摩の田中新兵衛が誰を暗殺したか。土佐の岡田以蔵は何人斬ったとかー中でも長州の華々しい活躍に聴き入る。仲間の中に密かに藩を抜け京で情報を仕入れてきた者も居て、彼らの口から新しい事実が語られると、自分たちの藩の姑息を声高に罵り、最後には抜き身の剣舞が始まるのだった。しかし、禄高十万石程度の小藩で、幕府に近い立場が目立った動きを出来るものではなかった。
二
源次郎は坂道をゆっくりと登っていった。本当は早朝より見張り勤務に付かねばいけないが、昨夜の狼藉で朝の起床が出来なかったのだ。もとより、初枝は気に入っているのだ。しっとりとした肌。黒目の媚。香しい吐息。酒で上ずった頭脳に冷ややかに抵抗がなされると、逆上が起こり止められない。突っ伏して許しを乞うまで打擲してしまう。
「初枝は気が強い。詫びることが出来ぬ女だ。」源次郎はそう思う。
「俺が怒ればすぐさま謝れば良いものを……」初枝の芯の強さはどうにもならぬかーそんなことを考えながら彼は汗を拭いた。もう一刻近く歩いている。昼近くまで寝ていて水をがぶ飲みして飛び出してきたのだ。見張り場所にはもう一名同役が詰めている。これは早朝より腰弁当で真面目に任務に付いているはずである。望遠鏡で通過する船の帆に掲げられた家紋を筆記しておく。
薩摩や長州の船は煙も高く意気揚々と波を蹴立てて見える。甲板に瞥見する人士もきびきび立ち動き、緊張感に張り詰めているようだ。幕府の軍艦も通る。鉄甲の巨艦だ。まさに威風堂々と圧倒的な迫力である。陸と海から幕府は長州に攻め入ろうとしている。
「あんなのに勝てるつもりか?」
徳川幕府の支配に三百年。地方の小藩に倒幕の思想は出ては居ない。辺りの模様を窺うのみで、とりあえず船舶の見張りを続ける。
「それにしても暑い」
最近は酒量が増して、動くとねばねばの汗が出る。道場にもしばらく顔を出していない。
「もう一度、わしも鍛え直さないといかん。」
大酒のあとの醒めた折は神妙に考える。
妻である初枝の白い顔に赤みが残るほど叩いたこと。いとおしいからこそ暴力に訴えるのだと。だが、始めから、なよなよと媚びるような女ではなかった。凛としたところがある。それがまた、堪らないところだと思う。他人には侮られないような芯の強さを見せても、源次郎にはあくまで従順に言うがままにならぬと、満足できないのだった。
子が居ないから昼は手がすいている。初枝は鉛筆を持つことがあった。実家の父が水墨画をやっていて、暇を見つけると山水を描いて楽しんでいた。技量は相当なもので藩の中でも趣味の合う人たちが時折家にも来たが、なにしろ、禄高五十石では夜分に筆を持つこともままならい。鯨油の灯りで目をしかめながらの父に初枝は蝋燭の明かりを灯してやりたい。実家は父母と十八の弟の三人で初枝はその器量から幾つかの縁談が持ち込まれたが、四〇〇石の禄高と、大塚家が病身の父親と源次郎の二人暮らしだったのが一番に気にいった。姑や小姑や弟やらざわざわしたのは余り自信がない。ひっそりと貧しいなりに静かな暮らしをしてきて、うまく人と交わるのは苦手である。そんな初枝は源次郎のことなど何も知らなかった。
嫁いできてじきに義父はみまかった。内に悪質の腫瘍が広がっておりましてな。医師は言ったがどうも酒毒にやられたんだと、そっと教えるものが居た。源次郎の酒も親譲りだろう。いや、それ以上だと親戚なども心配している。元の役職も酒席での失敗が原因で左遷となっている。ろくな学問もないのに酒が入るとでしやばって、聞きかじりの議論をしては皆に嫌われた。源次郎が初枝に乱暴な振舞いをしたのは一年ぐらいしてからだった。
初枝が蔵の中を整理していて、義父が持っていたのだろう。水墨の山水画に混じって肉筆の浮世絵が何枚かあるのを見つけた。実家の父に手ほどきを受けた水墨画とまた違う技法で、細かくきっちりと写実の筆や家並みの描写と人の群れ。繁華な町の風景と細い雨の中を急ぐ人々のもの悲しい風情。それから、色彩のあでやかな紅摺りの遊女。役者の大写しの表情。朱や黄、あざやかな緑を使って人物をいきいき描いている。
初技は父に頼んで絵筆や顔料、紙なども取り寄せてもらった。金は大塚の家で預かっているのを使った。絵の部材を持ってきたのは利助という、京で骨董の商いを手広くやっている店の番頭で、父や趣味の同じ藩の武士と心安い付き合いの者だった。実家の父に骨董を買うような金はない。五〇石の貧乏武士だが、交際する武家や町家には裕福な者も居て、骨董屋は父の口利きで処方に出入りが出来るので、粗末に扱うものではない。近頃は外国の商人が日本の骨董、刀剣、甲冑、山水画、浮世絵などを買い捲っている。江戸では日本刀を一度に一〇〇とまとめて買ったりしている。利助も父の口利きで藩地や近辺の町家や名主、素封家など、地方の蔵廻りをして、結構な商いが出来ているようだ。もっとも、小僧から勤め上げて仕込まれた美術を見る目が有るからだが。利助は初枝の下書きの絵を何枚か見て、「初枝さまの絵は生きているようだ。女には珍しい。奔馬の勢いがありまする。」
世辞でもないまじめな顔で言った。そして、自分の知っている絵の知識を丁寧な言葉使いで話した。利助は驚くほどの眼識を持っていた。また、画商などの噂も良く知っている。江戸では版下や摺り屋にも知り合いが居ると言い、初枝が熱心に聴いてくれるのに時を忘れて話し込んだ。
遊女の浮世絵を広げて二人が話しこんでいるところへ源次郎が帰宅して、怒鳴りつけられた利助が慌てて表へ飛び出したときは春の陽も暮れかかっていた。その夜、酔った源次郎は絵など以ってのほかーと叱って、絵筆など怒りに任せて庭へ放り投げた。浮世絵もびりびり破り捨てて、止めようとする初枝にも平手で叩いた。酔って分別のつかない力で突き飛ばされて初枝は座敷に横ざまに倒れて、それでも、気丈にも涙も見せなかった。はだけた襟元、髪が崩れて凄艶な顔で畳の一点を見据えてじっと耐えていた。
三
源次郎が上っているこの山道は本街道ではない。隣藩の船着場が山を下った向こうにあるので、船便を使うものだけが山越えをしている。
源次郎の藩は海に面していない。山に囲まれて米穀と果実と生糸を産する。近くを西国の本道が通っている。貨物などは本街道でちゃんとした港湾まで荷役するが、人間だけを運ぶ小船は春から秋まで瀬戸内を漕いでいる。それだから、この山を越えると近いから時たま、急ぎの者がここを上っていく。あと二た曲がりほどで見張り所の割りにきつい直線の道に来た。別に急ぐことはないのだ。同役は任務に付いているはずだし、源次郎より年下で家格も低い。常に飲ませたりしているから従順だった。気持ちの悪いぬるぬるした汗を拭いたいが、さすがに誰か通るかも知れぬので、こんなところでもろ肌ぬいでしまうわけにいかないから、肌着を濡らして歩いていた。それに、喉も渇き、水が欲しい。午後の日差しは真っ直ぐに源次郎に当たった。左の下、遥かに瀬戸内の海が光っている。小船は何艘か鯛の漁だろうか、連なっている。蒸気の船はないようだ。浜は塩田の作業の女の色の浜着が小さく見える。
水平線の遠くに目をやって視線を転じた折、くらっとめまいがした。近頃、酒量が増えた。仲間の寄り合いでも昔馴染みの連れは酒について忠告してくれるが笑い飛ばして虚勢を張っている。「たまには酒を抜くか」源次郎は思った。今日は早く帰って初枝と差し向かいで飯を食うか。袷で着やせしてきりっとした立ち姿を浮かべるとにやりと笑った。もとより、昨夜の暴力など、とうに忘れてしまっていた。彼はくらっときたのを振り払うように首を振った。深い息を吸って両手で思い切り空を抱くような伸びをしてみた。もう目まいなどしない。大丈夫だ。腕を横に広げた。そのとき、何かに当たった。いつの間にか、人が居たのだ。旅姿の若い男が一人。「やい、気を付けろ!」振り向きざまに若者が怒鳴った。色白のすばしこい目で源次郎を見やった。二十歳ほどの若さだ。どこかで見たことのある奴だな。はて、どこだったか・・・男が横を擦り抜けていこうとするのへ「待て!」思わず言った。
「貴様、いま、何と申した。」
「危ねえから、気を付けろと言ったんで。」
臆することなく平然と答える。ああそうだ。お城の近くの役付きの屋敷の辺りで見たことがある足軽だった。馬を引いているのを見た。
「わしは本藩の大塚源次郎である。貴様、無礼であろう!」
彼は一喝した。城下の足軽なら上士に対する礼を尽くさねばならぬ。通常、武士を追い越すには挨拶していくものだ。それを、腕が触れるまで近くを通るとは・・・怒りがこみ上げてきた。短虜、粗暴といわれた男だ。自分がめまいでふらついた間に近付いて来たのに気づかないのは不覚だが、それと、この男の無礼は別のものだ。源次郎は男に詰め寄った。身は軽そうだが細身の非力に見えた。坂道だ。男はするすると下がった。そうして下がると余計に小男に見える。
「貴様!詫びろ!許さんぞー」
指を突きつけて怒鳴った。頭に血が上っている。二つ、三つ殴ってやろうと思った。
「往来で、ふらふらしやがって、ぶつかってきて、謝れもないもんだ。」
若い男は上ずった声で言った。だが、いつでも駆け出せる用意はしている。いたって身は軽い。馬の世話が仕事だった。共に野を駆けている。道中差は左手で押さえ、振り分け荷物もきつく握った。
「斬る!」
男の挑発にカッとして刀を抜いた。いままで人を斬った経験はない。しかし、今日は初めての体験が出来そうだ。無礼打ちで済む。相手のこの態度では当然のことだ。お咎めなど受けるわけがない。
源次郎は刀を振りかぶった。汗がだらだら流れるのが判った。五月の陽光に切っ先かぴかりと反射する。道場の稽古の構えはやめて大きく上段に持っていった。そうして、踏み込もうと足の位置を変えたとき、くらっときた。顔を振って追い払うようにしたら汗が飛び散って目の前の相手がぼやけて見えた。
そのとき、腹に衝撃を受けた。ぞっとする感触で相手の道中差が丹田の下に突き刺さっていた。
「くくっ!」
思わず呻いた。カツと熱いものが下腹部に触れている。
「俺が斬られた・・・」
そう思ったとき、振りかぶった刀が滑り落ち赤土に乾いた音で転がった。痛みはどんどん増し耐え難いほどになった。腹に刺さったものを抜こうと刀を握った。深々と腹を貫いていた。二、三歩よろめいて道端の太い欅に背を預け、刀を引き抜くつもりが両の指で柄を握るのがやっとだった。力が入らない。ずるずる崩れて地面に座った。源次郎は太い欅に凭れてしまった。目の前が暗くなってくる。遠くの船の帆が白く見える。すべすべ白い初枝みたいだーそう思ったきり何も見えなくなった。
四
大塚源次郎を殺めた若者は新次と言い、城下外れの藪を開いた場所の足軽長屋で育ち、十五歳よりお城の馬屋の見習いで働き、藪下の新次と呼ばれていた。小柄だが敏捷な男で、馬の轡取りや、早駆けの共で野山を駆け、身のこなしも軽く向こう見ずな勇気も持っている。上司の目の届かぬところでは乗馬もこっそり練習して、かなりのものだった。勿論、鞍も付けず、裸馬の背にしがみついての乗馬の稽古だ、彼は度胸も有るが如才もない。街道筋の居酒屋では他藩に奉公する足軽や中間、駅の荷役の人夫と喋る。彼等の間の情報交換を行う。そこで、聞いた話が新次の運命を変えることになったのだ。
長府から来た人夫の兄が長州藩の奇兵隊に入って半年あまりで部下の三〇名ほど持たされて、隊長となっている。今では藩からの給金も出て仕送りまで出来るようになった。
「兄さんは勇敢じゃけん・・・」
人夫は自慢するが、別段の特技の持主ではないようで、体は丈夫なのと力はある。米の運搬が本職だったらしい。「話半分しにても武士でもないものが隊長になっている。凄いなあ」新次はたまげた。おもけに給金も出るという。一緒に飲んでいたほかの者も奇兵隊を知っていた。誰でも紹介者がいれば入隊できる。農民、町民、猟師の群れまで集団で来ている。なんでも、ならず者やばくち打ちまで居るとも誰かが言った。新次も聞いているうちに腹が決まってきた。半年前に母親が死んで他には身寄りがない。父親はとうに家を捨てている。新次はその長府の人夫に酒を振舞い、料理も勧めて兄さんに紹介を頼んだ。
その紹介状は振り分けに大事にしまっている。藪下の家の家財などみな仲間にくれてやって、僅かな餞別の金だけ持って出てきたのだ。組頭には長州へ行くとは言っていない。止めるとだけ言っておいた。内職しなければ食えない。けちな足軽の仕事などまるで未練はなかった。旅の支度に脇差は長さいっぱいの頑丈なのを知り合いの刀屋から買った。新次は行動も素早い。居酒屋で奇兵隊の話を聞いた折、これだー 一瞬感じた。長州藩のクーデター。たむろする奇兵隊に長州藩の上士からなる選鋒隊が迫って解散命令を出す。
「そのほうども解散せよ!」
そして、そのほうども侮蔑の命令を受けた下級の集団が上の位を打ち破った。主客転倒である。堂々たる武士の集団が筒袖の毛脛出した足軽の鉄砲にばたばたと倒れる。痛快だ。胸のつかえが降りる。新次は幾度もその話を聞いて喜んだ。だから、一刻も早くに奇兵隊に入りたいと望んだのだ。
五月の陽気の続く今日、旅の一歩を踏み出したところである。船で岩国まで行き、後は徒歩で山口を目指す。途中で聞けば良いだろう。急がねば、幕府の征伐の軍勢が押し寄せる前に奇兵隊に入隊しておかねば。勇躍、新次が隣の藩の小港に向かっているとき、その門出を邪魔するが如く、現れたのが大塚源次郎である。その侍が大上段の構えで見下すように迫ってきたとき、新次は恐怖より憤怒の気持ちが強く起こった。あからさまな、武士の威厳の格好に無茶苦茶腹が立った。
「おまえなんぞに斬られるか!」
長年、下に置かれた足軽の怒りが既存の体制にぶつける憤怒が脇差で思い切り貫いたのだ。周りを見た。誰も来ない。その侍は太い欅に足を投げ出して凭れている。両手で新次の脇差の柄を持って抜こうとしたのが力尽きた様子である。脇差をどうするか?抜くか・・・ちょっと迷ったが、刀と交換することにした。侍の腰に差してある鞘と小刀を抜き、新次の鞘を侍の横へ置いた。高価そうな侍の刀を鞘に納めて小刀と一緒に道中合羽でくるんで木綿の紐で縛った。侍を見た。気楽そうな格好だが顔は苦しそうな表情だから、そっと、前に倒してみた。すると、前屈みの割腹の後、そんな形となった。
「このほうがいいよ。腹を切ったということにしたほうが」足軽にやられたなんぞ言えないだろう。周りを確かめた。誰も居ない。道に少しだけ赤い血がこぼれていた。草履で赤土にこすりつけたら見えなくなった。ぐるり見渡してみた。切腹の武士が木の根方に。山道の向こうは遠くせいせいと帆柱が見える。彼は歩き出した。
二度ほど曲がったところの少し開けた場所に見張り小屋がある。海に向かっていて道からは誰かが居るのが見えるが、向こう向きなので顔は合さない。若い武士のようである。そこを通り抜けると直に頂上だった。そこから隣藩になる。さすがに見晴らし良く開いた場所に二つの茶屋がある。こちら側は昔、船乗りだったという淳二朗というのが、二間四方ほどの小屋の前を開け放して、縁台を並べている。気楽な親爺で皆から淳爺いと呼ばれていた。新次も顔なじみだった。夏場は運動させにこの峠まで馬を追う。茶を飲みながら馬はその辺の草を食ませている。少し耳の遠い淳爺いの船乗りの話など聞いているのも楽しいことだった。その爺いの茶屋まで来て、今しがた、そこで人を殺めたばかりの身には、やはり憚られて、そっと窺うと淳爺いは茶屋に接して立っている曲がりくねって枝分かれした楠木の曲がった幹や、顔の高さの太い技の付け根に水瓶を置いてメダカを飼っていて、大小の水の入った瓶は五個もあった。その前へ座り込んで糠を炒ったのにじやこのくずを混ぜた餌を与えては満足げに煙管を叩いていた。爺いは暇になるとメダカを眺めて飽きることは無いようだった。新次はゆっくり落ち着いて通り過ぎた。爺いの大分と少ない髪が木漏れ日に白く光っていた。
そこを過ぎると隣の藩の領内になる。こっちの茶屋は淳二朗のむさい茶屋よりよほど小奇麗に出来ていて、大きさは同じぐらいだが壁に蒼い竹を立てたり、杉皮でところどころ隠したり、縁台に緋毛氈など敷き、暖簾も白地に (おたか茶屋) と見事な筆跡が躍っていた。ここの、あるじはおたかといい、染物屋の新造だったのが亭主が大酒のみで頓死してしまい、二十年来、この場所で茶屋を開いている。熱い茶と黍団子が旨い。新次もこの前だけは素道りできないと知っていた。おたかのすばしこい目が早くも新次に笑いかけていた。
「どこかへ行くのかね」
旅姿に問いかけてくるのに、
「長州、長州奇兵隊」
答えて毛氈に座った。振り分けと刀を包んだ合羽は立てておく。
「あんたもかい?この節、長州、長州って若いのが皆んな上ずってるね」
「そんなにかい?」
「あんたで八人目だよ。あたしの知ってるだけでさ」
「うちの方より、ここの藩が多いんだね。へええ、そうかい。やっぱり、俺みたいのも居るんだね」
新次は自分と同じ、今の暮らしを不満に思う若者が新しい時代を夢見て飛び出していく。己の決心を誇りたい気持ちになった。
「命は大事にするんだよ」
おたかさんはそう言ってしげしげと彼を覗き込んだ。
「なんだよ?」
「だって、奇兵隊って、戦いにいくんだろ。それじゃ、これで、あんたが見納めになるかも知れないじゃないか?」
「そりゃあ、いちかばちか、命賭けなきゃ、出世なんぞ、出来るもんか」
「玉が飛んできたら逃げるんだよ。あんたは侍じゃないから、逃げたって構うものか」
「おたかさん。それが違うんだよ。あんただって俺が馬の糞まみれに暮らしてたの、承知だろ?その糞まみれの足軽だから、侍に負けられないだよ。足軽の意地だね。」
「そんなものかね?だけど、顔なじみの若い者が行ってしまうのは淋しいよ」
「運が有りゃあ、出世して帰ってくるよ」
「きっと、帰っておいで・・・」
おたかは道中にと、黍団子を竹の皮で包んで渡し、出世払いでいいからと、代金は受け取らなかった。
新次はおたかに見送られ、その峠から歩き出した。多分、ここにはもう帰って来ないだろうと振り返ると、あの侍を倒した欅の老木は緑の樹間で隠れていた。
こうして、藪下の新次は新しい生き方を求めて山間の辺鄙な地域を出発した。五月のある晴れた午後だった。
五
大塚源次郎の死は大きな問題に成らずに終わった。先般も外国の連合艦隊が長州と交戦し、上陸までして、砲台を取り壊したりなど、暴威を振るったことなどで、攘夷を唱える浪士や藩士が憤激し、他藩では尊皇攘夷論の行き違いから藩内での斬り合いや、諫死も多く出た。源次郎がなぜ死んだか。切腹か刃傷沙汰かは、詮索されずに済んだのは、世間の風潮に合わせて切腹ということにしたほうが丸くおさまる。大塚の一族の代表が城代家老につながりがあり、目付けに話を通してもらって、見分は直に終わった。遺体は大塚の本家から人が来て、初枝のほうからは若党の梅吉と言うのが手伝いに行き、連れて帰った。
何となく不審な死、そんな感じだから葬儀も簡単にひっそりと終えた。なにかと骨惜しみもせず、黙々と働いてくれたのは若党の梅吉だった。瀬戸内の貧しい島の漁民の子であったのを、源次郎の父が知り合いの漁師に頼まれ預かっていた。茶色のしなびた顔をして老けて見えるが二十歳ちょっとか、初枝よりわずかに年下のようだった。源次郎は〈するめ〉そういってよくからかっていたが、おとなしい性分とみえ、あまり怒ったのは見たことがない。先には下女も居たのであるが、源次郎が酒を飲んでは当たり散らすので、皆辞めてしまう。今は通いで〈きみえ〉という五十過ぎのおなごが毎日来てくれて、洗い物や家の中をこまごましたことをしてくれていた。賄い方は梅吉が器用に拵えることができて、魚のさばきなど、島で幼い頃からやらされていたので、苦もなくやってのけた。
普通、若党は主人の供して役所なり勤務所まで付いて行くのであるが、源次郎が外務係りの下っ端になってからは、供は要らぬということで昼間は屋敷の内の片付けや畑の世話が主な仕事だった。梅吉は初枝の手に余りそうな力仕事や汚れる作業は全部自分がやってのけた。初枝が何か困っている様子を見つけると、すぐに来て手伝ったりした。余り喋らないほうだが、そんな折りは顔が輝いていた。亡夫源次郎の初七日に集まった親戚のうちで、本家の大塚金吾が皆を前に言ったのは、城代家老に内諾を得てあるーという前置きをして、源次郎の叔父の勘兵衛には男子が二人居る、長男は無論跡取りであるが、下の兵輔は今十三歳。これを、この家の養子として迎えてはどうか?十五になれば元服して源次郎の跡目を継いでこの家の主となる。それまでは、この大塚金吾が後見仕る。叔父の勘兵衛は承知。兵輔も諾である。吉田の方もご異存なくば、この場にて固めの約束事をしたいのだがー大塚金吾はそう切り出した。七十近い老体だが矍鑠として、その分、頑固で口やかましい。一座のうち、源次郎の母方の親戚で最年長の翁が、本日は初七日の仏事の日。養子縁組など目出度い話と同一にするのはいかが?そう、ぶつぶつと呟くように言った。それもそうだと、一座は頷いて、四十九日の法要のあとよい日を選んで、直に養子縁組を行うと決められた。そういう話の成り行きに源次郎の嫁の初枝の気持ちなどは聞く者も居なかった。大塚の家が、四百石の家の存続が一族の最大の関心事であり、後見の大塚金吾は己の裁量に確信を持っていた。
その日は夕刻には参列者は引き上げて行った。後片付けに初枝の母の政枝が下働きのきみえと梅吉とで水屋で賑やかにやっているのを初枝は元気のない様子で手伝っていた。
初枝の父、安太郎はそんな娘の様子を眺め、不憫でならなかった。もとより、源次郎との仲も上手くいっていないとは、うすうす知っていた。愚痴をこぼすような娘ではない。じっと、耐えていたに違いない。源次郎の粗暴は人伝にも聞いていた。だが夫を亡くした娘が心細い行く末に心迷いの寂しさが現れているのだろうか。いや、そうではないだろう。なにか、一途に思いつめている様子なのが見て取れた。果たして、帰りしなに門の外まで見送りに出た初枝は父と母に相談したいことがあるので、明日、実家へ行くと告げた。父と母は顔を見合わせた。政枝は不安な顔になった。初枝が何かを決心した一途な目になっていたから、娘の強情なのは承知している。
翌日、初枝はやってきた。薄墨のぼやけたのを着た姿はすっきりと色の白さを際立たせ、喪中というに、なんとまあ、きれいだこと、政枝は嫁に出た娘が一皮剥けて変わったのにびっくりしていた。
安太郎と政枝を前に初枝は話した。自分は今の大塚の家に残りたくないこと。夫は死んだことであるから、家を出て好きな生き方をしてみたい。淡々と話す。固い気持ちが伝わってくる。母も源次郎との生活が幸せではなかったのは知っていた。
「だけど、おまえ。出るったって、大塚の本家がどう言うかね?」
母の心配はもっともだった。嫁の勝手で家の存続が出来ないなどと、許すはずが無かった。
「あたしが勝手な振る舞いをすれば父上、母上に迷惑の及ぶのは承知しております。ですから、わたしが家を出るのではなく、家が無くなればいいのです。」
「どう言うことだ?」
安太郎は訊いた。
「あたしは源次郎が自害なされたとは信じられません。そんな人ではありません。絶対に…」
「うむ。」
「あれは、どなたかと刃傷を起こして、斬られたのだと存じます。」
「切腹ではないと?」
「はい。腹を召されるほど強いお方ではございません。おそらく斬り合いの挙句に刺されたのでございましょう。」
「腹に食い込んであった、あの脇差しは?」
「夫のものではありませぬ。あのような無銘の刀は持ちませぬ。」
「すると、刃傷の相手の物か?」
「そう思います。あの脇差しを残して源次郎の両刀を持っていったと存じております。」
「それで。」
安太郎は初枝の考えていることを訊いた。
「その刃傷の相手を探して、何が起きたか、聞くのが一番だと存じます。」
「探すと申しても、おまえ、見当も付かぬだろうが?」
「やってみます。わが家の梅吉を探索に出そうと存じます。そこで、なんとしても見つけ出して、刃傷の沙汰を聞き及んで、万が一、不覚の出来事であれば、父上よりお目付けに願うて頂きたく存じます。」
「不覚の死、そうであるならば、家督はあるまい。家は断絶じゃな。しかし、証拠が要るぞ。」
「はい、相手によく発端のことから始めて詳しく聞いた上で一筆したためてもらいます。その上、源次郎の刀など持ち帰れば・・・」
瞳を一点に天に定めて静かな口ぶりで語る。すでに、考え抜いて整理が出来ているのだろう。
「目付けの大沢どのがわしの絵の同輩だと存じて居るのか?」
大沢幹輔は水墨の同じ門下で競い合う中であるし、親友でもある。
「はい。何度か、お目に掛かりましたゆえ。」
「そうか・・・しかし、刃傷沙汰がのう。源次郎どのが不覚とは申せ、相手が理不尽な振る舞いであれば、これは、敵討ちの話に及ぶがな。」
「理不尽は夫でござりましょう。」
初枝はきっぱり言い切った。
「源次郎どのが自害でないとなれば、途方もなく面目が無うなるんだよ。初枝はそれでも良いのかい。」
母はおろおろしている。言い出したら聞かない強い娘だった。決心を変えることなど無理だろう。それは母にも判っていた。
父の安太郎は娘の気持ちをある程度は理解していた。この田舎で養子縁組した本家の十三になる子を育て、元服を待って家を継がせる。娘の初枝は若い身空で母として後見の厳しい監視の下、一生を終えねばならない。それも、自分の産んだ子の幾人かが居れば格別。夫も子もなく、この静かなだけが取柄の屋敷町で四季折々、身を削がれるように老いていかねばならない。(無残である。) 安太郎は初枝が哀れであった。若く、人並み以上に美しく、才気に溢れている。見たところ、絵のほうも、親の欲目ではなく、目をそばだてる筆力が備わっているように見受けられた。京か大阪、または、江戸でもいい。確かな師匠に学べば絵師として世に出られるかもしれない。
少なくとも、好きな道を歩くことは出来るのだ。安太郎もおぼろげに新しい時代が来るかもしれない。そう、思っていた。今すぐ来るのか、もっと先なのか。諸国を行き来する画商、骨董商などが、その地方の有力者の許に行き、新しい情報を仕入れてきて教えてくれる。もうすぐ始まる幕府と長州藩の戦についても、幕府に勝ち目は無いという。
長州では、百姓、町人が競って戦に加わり、私財を供出する者も多く出ている。米、味噌など、どんどん、集まり活気に溢れている。
「吉田さまの前ですが、、四民平等の夢に賭けているのでございましょう。」
ある骨董商はそう言った。
六
梅吉が初枝に言われて、源次郎と争ったらしい、人物について聞き込みを始めた。
どこから手をつけたらいいのか、事件の目撃者は居ない。誰も知らないうちに源次郎だけが欅を背に自害をしているのだ。諫死ということにしようと、大塚の本家は動いている。だが、嫁の初枝は自害などする夫ではない。斬られたに違いない。そう断言していた。見知らぬ脇差しで腹を突いている。夫の立派な両刀は見当たらぬ。きっと、その下手人が己の脇差しを残し、夫の刀は持ち去ったに違いない。初枝は事件の当日を回想する。その日は前夜に夫が逆上し、初枝に暴力を振るった。近頃は暴力も激しくなってきている。梅吉は屋敷の畑の納屋に住まいをしているから、夜は夫と二人だけだ。初枝が泣き伏して許しを乞えば夫も手加減をするのだが、初枝は頑として詫びたりしない。それが、一段と源次郎を怒らせる。ひとしきり暴れた後は浴びるように酒を飲む。そうして、寝衣も着ずに布団に寝入るのだ。そんな時、初枝の体を求めても断固として拒否される。無理強いすると懐剣にて自らを突くー初枝の深い覚悟の前ではひたすら飲むしかないー弱い夫だった。その日は昼前に起きだして水を何杯か飲み干して、飯も食べずに出かけた。近頃は見苦しく太って、胸を喘がせ荒い息を付くようになってきた。その夫が割腹する勇気がどこにあろうか。刃傷沙汰とはいっても、相手は百姓、町人か、身分の軽い中間、小者かせいぜい足軽までであろう。一人前の武士が相手ではなかろう。女房を殴ることは出来ても、武士とはやりあうのは避けるだろう。まして飲んでない。素面だ。向こう見ずの勇気もでるものではない。初枝は梅吉に取り合えず、事件の起きた山道の近辺を聞いて廻るように言った。
その山道は梅吉も通ったことがある。瀬戸内の島から出てきた折り、この峠下を越えてここの屋敷まで来たのだ。事件の当日、通報を受けて遺骸を引き取りに行ったのだが、そのときは、本家の方からと目付けの役人も居たので、梅吉は荷車に源次郎の遺骸を乗せて帰ったのだが、その折り、後に残った者たちで、その辺は、一応、調べたが何も不審なことは見受けられなかった。梅吉も源次郎の腰のものは何度も手にしたから、見ればわかる。立派なものだ。とても遺骸の腹に刺さった脇差しと比べられない。これは、きっと、源次郎を刺した相手が、脇差しを抜かずに切腹のかたちを、そのままに、取り替えていったに違いない。相手というのは初枝の言うとおり、武士ではなかろうと思う。博徒や無宿者でもないだろう。彼らは修羅場を潜っている。向こう見ずの勇気も持っている。源次郎が相手にするとは考えられなかった。
梅吉は事件の現場へ来た。片膝付いて両手を合わせた。なんと言っても主人だった人なのだ。それから、辺りを探した。木立の奥へでも刀を捨ててあるかと、気をつけてぐるりも歩いてみたが何も無い。とにかく、その先で人が居るところで尋ねてみよう。少し行くと小屋掛けの見張り所が見えた。ここは、素通りした。藩の者には内密の調査である。
もう少し行くと、こちら側の茶屋がある。ここは、島から来るとき、また、先年も一度、帰郷の折りに、休んだ所だ。髪のうすい爺さんがいたはずだ。青々の木々に囲まれて淳爺さんの茶屋も、今の時期だけは爽やかな風が吹きぬけていて、目の前は一面に瀬戸内だ。
五百石の廻船が帆を満々に張って滑るように伸ばしている。蛸取りの漁船も潮と競って漕いでいた。その向こう。ここからは見えないが、梅吉の島がある。二親と兄が漁をして暮らしている。小さい船しか持ってないので漁が少なく、その日暮らしの生活だ。せめて、沖合い船が買えればなあ。いつもそんな夢を持って暮らしているはずだ。
梅吉は爺さんの出したぬるい茶を含んで、聞いてみた。先日、向こうの欅のところで武士が腹を切ったこと。それについて何か聞いているか?自分はその侍の屋敷の小者であるが、わが家の主人がその折、身に付けていた両刀を亡くしたので探していること。誰かが持ち去ったのであれば、なんぞ、事情があると思うので、その人に会い、訳を話して返してもらいたいこと、なお、その侍の奥方から金子を預かっているから、なんぞ、みかけたことなど、話してくれれば礼を差し上げることも出来る。爺さんは梅吉の話の間に煙管を三回つけた。がーんと威勢良く雁首を叩く。
刻み煙草をぎゅうぎゅう詰め込んでいる。
「ありゃあ。新次だ。藪下の新次。わしは見た。あの日、やつが、わしの後ろを通り抜けた。やつは、わしが知らぬと思うとるが、へへ、まだ、耄碌はしとらん。お前が探してる刀。道中合羽にくるんであると見たが。」
爺さんは訥々と話した。嘘を言っているようには思えない。
「新次?」
何処の何者と目で訊くと、
「足軽だ、お城の馬場先の厩に詰めている威勢の良い兄さんだよ。」
「その新次という人はどうして刀を持っていたのでしょ?」
「知るものか?」
「それじゃあ、その人はどっちへ向かったので?」
「おう、お隣のおたか茶屋で聞いてみな。立ち寄ったのはわしが見ていた。あの、ばあさんなら、なんぞ、聞いてるはずよ。」
「いやあ、爺さん、役に立ったよ。行って訊いてくるから」
話終わらないうちに爺さんがぬっと片手を広げた。筋張った大きい手の中に二分銀を一つ落としてそこを出た。おたか茶屋は青竹に囲まれて、葉こぼれ陽がちらちら小粒銀を撒いたように柔らかい地面にぬくもりを加えている。あちこちに猪の掘り後が見えた。
爺さんから聞いてきたーそう言うと、おたかさんは簡単に教えてくれた。(まさか、敵討ちじゃないだろうね?) そう念を押されたが、刀だけが手元に戻ればよい。金子を使ってこちらに引き渡してもらうつもりだと、答えると、安心して色々と話してくれた。
新次は、長州の奇兵隊へ行ったこと。その他、この近辺から奇兵隊へ向かった者の名前や年や、職業なども書きとめておいた。おたかは情報に長けていた。探しに行くなら、まずは馬関の奇兵隊の本営に行ったほうがいいだろうとか、陸路は混雑しているから、海路に限る。廻船に便乗するほうがいい。なに、船頭に一両も渡せ。気の付く指示を沢山貰って、梅吉は礼を述べてそこを出た。
お礼は一両は弾んだ。十分値打ちのある金額だと思った。おたかもさすがに驚いて遠慮するが無理に手の中に押し付けておいた。
梅吉は源次郎と関りあったと見られる人物の消息を掴めたので元気よく屋敷へ戻った。初枝に報告する。それなら、早急に馬関へ行って欲しい。戦が始まると混乱してどうにもならなくなるだろう。その足軽の新次という男が戦死でもしたら、なにもかもふいになる。
「梅吉、そなたが頼りです。」
初枝に言われると武者震いが出るほど緊張して、早速、明日は身支度を整え、明後日に出立と決めた。初枝はその場で金子を持ち出して、旅費と新次に刀を譲り受ける礼金を十両。他に緊急の場合の金。たっぷりと預かって、護身用に脇差しも貰った。初枝は屋敷の整理を始めている。かなりの金子が残っていた。蔵にもまた、貴重な古美術が数多く仕舞われていた。源次郎が酒色に浪費するまでに死んでしまったのだ。
梅吉は学問はない。大塚の屋敷に来てから、寺子屋に読み書きだけは通っただけだが、聡明だった。訥々と話すと周囲は真面目に聞いてくれた。彼は岩国まで行き、廻船を待って船頭に頼み込んで馬関まで行った。無論、用意の金子を使うことになったが、道中、船員や乗客の雑談を聞いていると戦の話題、経済の動き、世間の動揺など耳新しいことばかりが聞こえてきた。諸国で百姓一揆や打ちこわしなど増えているとか、騒然として世の中の仕組みも変わるような話ばかりだった。
馬関から奇兵隊の本営の置かれた吉田村までは、道案内を雇って行った。戦が始まる緊迫の地域に他国の一人旅は危険だと判断したからだ。道中、鉄砲を担いだ兵隊が隊伍を整え歩いている。荷車で砲を押していく者は力士ほどの大きな男たちだ。荷役の馬車も列をなしてすれ違う。商いの店は大戸を開いて兵隊や町人などがひっきりなしに出入りして繁盛している。梅吉の奉公している屋敷町とはまるきり違う雰囲気だ。両刀差して悠然と中央を歩く武士など見当たらない。もし居たとしたら兵隊たちに手ひどくやられるだろう。兵も町人も興奮状態になっていて、すぐに過激なほうに走るみたいだ。梅吉は通りかかった大きな神社に参拝して、藪下の新次さんに会わせて頂きたいと熱心に拝んだ。
七
新次は居た。梅吉より僅かに上と見たが、軽快な身ごなしと目の配りが鋭かった。彼は奇兵隊の荷役の係り役で部下も十人ほど居ると言って忙しそうだった。梅吉は所用を手短に話した。相手の性分から直入に打ち明けるのが早いと判断して、(わが主の両刀をお返し願いたい。ついては、十両を用意してきた。それで、願います。) 金の包みを出した。
新次はあっさりと頷いた。もとより自分の刀ではないから返すのが当たり前だ。あの場合、とっさに取り替えたまでで、盗むつもりはなかった。金を貰うのは申し訳ないことだ。彼はそう言った。梅吉はもう一つ頼んだのは事件のあらましを書状にして花押をして欲しい。要するに源次郎が理不尽に斬ってくるから、やむなく、倒したとの理由を述べてもらうことだった。新次は快諾した。ただ、今は忙しいから夜に書いておく。明朝取りに来い。そう言った。新次は馬の扱いが手慣れているので、荷役の仕事を専門にしていて目が廻るくらいに忙しい。今日はどこかその辺で宿を見つけて泊まれ。今は多勢がこの村に来ているから、木賃宿は何件もある。必ず、書いておく。明日、刀と一緒に渡す。そう言って金は明日でよいからと急がしそうに立った。
次の朝、梅吉は奇兵隊を訪れ、新次から両刀と刃傷の沙汰を記した書状を受け取った。巻いた紙に割合に整ったかな字で顛末が書かれ、真実の臨場感があり、思わず持つ手が震えた。末尾に氏名と花押があった。梅吉も胴巻きにたくしこんである十両を渡して丁重に礼を言った。用件がすっかり済んで梅吉が帰るとき、新次が誘った。
「梅吉さん、奇兵隊に入らないかい?」
「いやあ、新次さん。わしには無理だ・・」
調練の兵の掛け声。指揮官の絶叫する叱咤の大声。一斉射撃の響き。臨戦の緊張にぴりぴりする空気。新次は平気な顔だが梅吉は胴が震えた。
帰りも案内を頼んであったので、急いで馬関まで出て、廻船を捕らえて頼み込んで帰りを急いだ。屋敷を出て六日で梅吉は戻った。書状を懐に両刀は大風呂敷きできっちり巻いて大切に抱いていた。
梅吉の帰りを案じていた初枝はねぎらってくれて、明日、一番に実家の方へ二品を届けるように言った。源次郎が不慮の死を遂げた経緯は梅吉が順々と話すのを静かに聴いていて、何も言わなかった。
翌日、朝になるのを待ちわびて初枝の実家まで急いで書状と両刀を預けてきた。
十日ほど経って、大塚源次郎の急死に対する藩の処分が決まった。一応、喧嘩両成敗ではあるが、先に抜いたのは源次郎であり、相手は足軽。やはり、不覚のそしりは免れなかった。家屋敷はお取り上げ。残された家族は、早々立ち去るように。大塚の本家にも目付けより別して使者は立った。ただし、家財および、畑については残らず当家で処分するようにとのことであった。
初枝は実家の父と蔵の古美術の処分を相談して、京の骨董商の番頭の利助に頼むことにして、飛脚を立てた。利助と言うのは江州日野が在所で実家は造り酒屋を手堅くやっている三男で絵師を志して京で修行を積んでいたのだが、どうも、商いが向いているらしく、各地を飛び回っているのが良いらしい。所帯を持って一年余りで女房は去り状を置いて里へ戻った。亭主がまるきり、家に居ないのだから、新妻は寂しさに耐えられなかったのだ。折から、京は夜毎、物騒な日が続いた。後添えはーという質問にはアハハ、と笑うのみで、三十にもならぬ若さを商いに没頭している。そのうち暖簾分けして店も出せる運びだという。飛脚に出す書状に初枝も一通、したためた。それは、自分も思わぬ一人身になったゆえ、出来ることなら京へ出て絵を学びたい。先生を紹介して欲しいこと。それと、何も判らぬ田舎者ゆえ、京の住まいについてもお世話を願いたい。そういった文面を美しい文字で書きながら、初枝は京の町を想像して新しい暮らしへの不安より、絵師の見習いとして画業に打ち込める喜びのほうが数倍強く湧いていた。
利助はすぐやってきて、あっという間の品物を荷車に積んで、宿場の人足に京までの輸送を依頼した。価値のありそうな物だけ厳選して、油紙で巻き、布で覆ってかなりの量であった。無論、本家の後見にも立ち会ってもらって、相応の財産分けは済ませた。
初枝の絵師の件に付いては利助が引き受けてくれた。郷里の日野出身で旅篭をやってる者と懇意だから、取り合えず、そこに落ち着く。絵は浮世絵でも日本画でも落ち着いてから決めれば良い。そう言って初枝が絵師を目指すのをこころより喜んでくれた。
家財の残りは近所に差し上げて喜ばれた。畑の野菜などは収穫終わるまでで良いので、隣家に任せておいた。梅吉には特別の働きをして貰ったから、餞別として十両と刀一振、巻物一巻を与えた。彼は島で漁民になるという。日野の利助が京へ戻るのに同行した方が良かろうということになって、いよいよ、初枝は出立することになった。
六月に入ったばかりの晴れた日であった。山道の源次郎の死んだ欅に両手を合わせ、別れを告げて隣の藩の港より行くことにした。峠の茶屋には寄らず、道を急ぐ。峠の上で初枝は振り返って故郷を眺めた。はるか下、植えたばかりの苗が薄茶の田面に緑の芽を揃えたように一面に目を楽しませた。畦の横の田川は山からの清水を走らせてぴかりと光って見える。棚田は層々とせり上がり、上りきった所から山裾にかけてコの字型の建物の屋根瓦が鈍く光る。そういう建物が幾つか並び、薄い煙を霞んだ空に昇らせていた。焼き物の窯場なのだ。田を起こし苗を付け、南瓜を茄子を胡瓜を作り、松を切り土を捏ね、ロクロを廻し、登り窯に火を点ず、すべて昔から農の手が大いなる土に繋がる自然の営みを繰り返している、落ち着いたどっしりした眺めであった。故郷を目に焼き付けて一行は動き始めた。初枝が前に利助が続き梅吉が後ろを。そうして、ぞれぞれが新しい道に向かって下りていった。
その日からどれくらいの年が過ぎただろう。この山道もあまり人は通らなくなっていた。古老はこの山道を欅坂と呼んでいた。 |