詩 市民文芸作品入選集
特選

二つの薮をこえて
西今町 やまかみ まさよ

余寒の中から春は始まる
この道を
介護のために週二回
通いはじめて数年が経ち

木漏れ日の河辺林は昼間でも
秘密めいた風が吹いていた
自転車だけが唯一の乗り物で
親類宅を訪ねる道すがら
ぽつりと呟いた母の背中を覚えている
 ー おんなは三界に家なしや と

わたしの三度の産守りと
その後の孫達への気配りとに
何度ふたつの薮を越えたのだろう

脳こうそくで倒れてからは
薮を通って訪ねるのは
わたしの番となり
昨日までの出来事を帳消しにして
母は晴れた今日を待っている

いったい いくつの頃の記憶を
想い出して言っているのか
帰り際の挨拶代わりの口癖は
「きぃつけて かえらいね
  ふたつもやぶを こえんならん」

南青柳橋と葉枝見橋の
薮の入り口に佇む宿り木はいつも
思い出の形をしたくす玉みたいで
ふる里への道しるべでもある


( 評 )

 “二つの藪をこえて“母は幾度となく嫁ぎ先の作者の家にやってきてくれた。今度は自分がその母のもとへ介護のために行くのだ。私たちは越えなければならないいくつかの藪を必ず持っている。淡々とした語り口に人の一生が見える。完成度の高い作品だ。


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