詩 市民文芸作品入選集
特選

樹のことば
正法寺町 井 豊

誰もいなくなった故郷に
老樹は 立っている
このあたり すこし掘れば遺構にあたる

七百年
樹皮に耳をあてる
聴こえる
年輪の傾斜をしたたる樹液
祖父たちは 聞き分けたという
樹の ことば、は
いまも たゆみなく
枝々に伝えられ
やがて空へと 磁束のように放たれて
こうして この地に生を享けたものを
呼びもどすのであろう

幼いころに戻って
両手を拡げ 幹を抱いてみる
ひとまわり ふたまわり まだまだ余る
木漏れ日のまだらが揺れて
遥かな日々に散った
いとけない仲間が 降りてくる
みんなで樹を囲むとー
樹はさらに大きく 包み込むのだ
ぼくを そして視えないものたちを


( 評 )
 樹への思いがとてもうまく書かれていて、樹の存在感が尋常でない。「年輪の傾斜をしたたる樹液」という表現は意表を付く。そして終連の幼かった友等が樹を伝って降りてくる様は秀逸だ。

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