随筆・評論 市民文芸作品入選集
特選

星亀・小太郎とはな
東近江市 松本 ちずる

 去年九月。以前から欲しかったと、主人が星亀を買ってきた。
 甲らは山のように盛り上り、焦げ茶色におうど色の星の模様がある。成長するにつれ星が盛り上る。甲らは長さ六センチ幅四センチである。どんぶりばちぐらいに成長する。環境が良ければもっと大きくなるだろう。インドネシア・スマトラ島生まれらしい。
「遠い所からきたんやなあ」
私は、ため息まじりに言った。突然捕まえられ、業者の手に渡りペットショップから我家にやってきた。小さな亀がどことも分からない所に連れてこられ、どんなに不安だろう。大事にしようと思った。名前をつけよう。小さな丸い目が愛くるしい。考えた末、小太郎。
 小太郎はびっくりするとキュッ、怒るとキュウーと声を出す。日が経つにつれ安心したのかガラスケースの中を活発に歩き始めた。前足を上手に使ってきゅうりを食べる。足で顔をこすったり、伸びをしたりかわいくて飽きない。
 知らない所でも二匹ならましだと思い、
「一匹ではかわいそう。もう一匹買ってきて」 と主人に言うと、
「小使いがなくなるし、一匹のつもりやった」 とすげない返事がかえってきた。
一週間後。
「二匹も買うつもりはなかったけど」
と、もう一匹星亀を買ってきた。小太郎より少し大きい。見分けにくいが、よく見ると星の模様が違う。
「仲ようしいや」
二匹目をガラスケースに入れた。はなと名付けた。インドネシア・ジャワ島生まれらしい。
 生まれた島が違うからだろうか、気性が全く違う。小太郎は穏やかだ。テレビをつけるとじっと見ている。はなは気性が荒い。いかくしているのか小太郎を横目でじっと見る。小太郎が首をひっこめレタスを食べなくなると、小太郎の分を食べ、後で自分の分も食べる。でも、恐がりですぐ首をひっこめる。小太郎の姿が見えないと足早に歩き、さがしているようで、見つかると落ちつく。そんなはなだが庭を見るのが好きで、雪が降った時、首を伸ばして見ていた。小さな亀だがそれぞれ根性や感情を持っているのに感心する。
 小太郎はいやな奴がきたと思っているかもしれないが、だんだん強くなりにらまれても食べていることが多くなった。眠る時、暗い隅を好むようで、押しあいながら場所の取りあいをしているが、頭を寄せて眠っていると二匹でよかったと思う。
 主人が、仕事から帰ってくると、
「小太郎はにんじんも食べたわ。もやしは二匹とも好きみたい」
と、その日気づいたことを話す。
 いつものように話していると、
「小太郎とはながいなかったら話すことあまりないなあ」
と主人が言った。
「そんなさみしいこと言わんといて」
と言ったが、小太郎とはながきてから会話は増えた。
 なにを食べるか。冬をどうすごすかなど二人で考えた。ヒーターを入れストーブの横に置き、天気のよい日は日光にあてた。夜は熱が逃げないように新聞紙でおおった。冷えた日や、ふんで汚れた時は主人が風呂で洗った。長風呂で小太郎がぐったりしてから、
「あがるで」
と言う主人の声で私は早めに二匹を受け取る。
 その時、二人して子供を風呂に入れたことを思い出した。
「あがるで」
 主人の声がすると、私はまっ赤になった子供を受け取った。また、主人の帰りを待って、
「今日、すこし歩いたよ。すごくかわいい顔で笑ったよ」
と、その日のようすを話した。小さなことでもうれしくて話さずにいられなかった。二人の会話は暖かくかがやいていた。
 子供の成長につれ、子供に関する話題は少なくなった。結婚生活が長くなると会話も色あせてきた。
 そんな時、遠い国から小太郎とはながやってきて会話をプレゼントしてくれた。それにほっと一息ついた時話かけると心和む。頭を上下に動かすと、うなずいているように思える。石にのりそこなってひっくり返ったりすると、
「なにしてるんだろうね」
と二人して笑ってしまう。
 三十年前、子育てした時のように、小太郎とはなをきっかけに会話はふくらんでいく。あの頃のようなかがやきはなくても、いぶし銀のような会話をゆっくり育くんでいきたい。


( 評 )

 子育ても終わり、二人の会話も色褪せてきた夫婦の生活が、二匹の亀のおかげで会話も弾むようになった様子や、星亀の生態や特徴などに触れ、亀を中心とした暮しぶりが描かれる。亀の入浴場面は、三十年前の子育て時代を回想し、微笑ましい。これからは 「いぶし銀」のような会話を育んでいきたい、という筆者の思いに共感を覚える。夫婦の絆というものが静かに語られていて、心動かされる。


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