西野の山で
農道の先の丘陵
段々団地のふもとを通るたび
脳裏で
その地図をぺりぺりと剥〔は〕がす
芝草の斜面が現れる
かつて 西野の山と呼んだ
なだらかな粒籾〔つぶもみ〕干し場だ
朝露が
ようやく秋の陽だまりに変わる時刻
シゲさんは 黙々と
脱穀籾を畳んだ四つ折りの莚〔むしろ〕を運んだ
重い莚の腹を芝草に擦らせながら
立ち止まっては
『く』の字の腰を伸ばし
滴る鼻水は親指の腹でぬぐい拭い
タイル状に敷きにつめると
『とんぼ』と呼ぶ農具で
石庭の波形でも描くように 丹念に
百枚の籾〔もみ〕をならし終えるのだ
三ちゃん農業のむかしの
シゲさんの分担だった
さして 手伝うこともなく
跳ね回る幼い私に 言う
さあ 小昼〔こびる〕にしょうか
竹皮包みの梅にぎりを膝にひろげ
シゲさんは
ようやく安堵に頬を弛〔ゆる〕めるのだ
眼下の稲田から
聞き慣れた嫁たちの足踏み脱穀機の
重奏が聞こえてきた
(注)「小昼」―早起きの百姓の
三度の食事の間の軽食 |