詩 市民文芸作品入選集
入選

生家の夏
東近江市 辰巳 友佳子

葉刈りの済んだ木々の整えられた呼吸と
生家の棟、梁、柱が呼応し
「夏休み」の主が庭に面した廊下で昼寝する

その日も空は雲を産み
軒下のガラス風鈴を奏でる風を産み
ネコのあくびの横で眠る弟

おしゃべり声が聞え出し
井戸のスイカが頃合に冷え
アブラゼミの声も絶頂の二時過ぎが
目覚め時

スイカに塩をふる祖母
弟の口はスイカ汁でいっぱい
弟の首筋は汗の玉が
ぬぐってもぬぐっても噴き出ていた

そんな夏、つなぎあった夏があったはずだ

生家を建てた祖父も祖母も
もういない
弟は生家に住まず
私は「さようなら」をした

毎年夏の葉刈りはされようとも
スイカを頬張る人がいなくなっても
生家は夏が似合うといっていたい
内耳〔ないじ〕の蝸牛〔かたつむり〕があのセミの声を覚えているかぎりは


( 評 )
 生家での思い出は、作者にとってなにものにも変えがたい懐かしい日々であったのだろう。時間が過ぎ、そこはいつしか人の住まない淋しい場所になってしまった。今、人だけが何故かめまぐるしく居を移し、生きていかなければならない。

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