詩 市民文芸作品入選集
入選

曼陀羅華
稲里町 川村 利男

お彼岸も近いというのに雪が舞う

白い祭壇にお前はいつも笑っている
元気だった頃の姿のまま
「おやっさんどうやいな またお寺参りで
もしょうか」
そんな声がおだやかに呼ぶ

二年余りの闘病生活が続き
四十八才の人生に一言の遺言もなく
愚を貫いて終止符を打った

脳に出来た悪性腫瘍
声も出せず目も見えず無意識の内に
私に示してくれた無常の対話
七十余キロあった体も
一つの小さな白木の箱となり
抱いて帰った遺骨の温もりが
今でも微かにこの手に残っている

急ぎ足で通り過ぎたあの時
私が預かった大切な鍵は
一体どんな形だっただろうか
朧夜の櫻花の中で想い出せぬまま
模索し続けている

一片も一輪の彩も
すべてが曼陀羅に納められた花浄土から
お前は今も笑顔で
心配ないよ 手ぶらでおいで と


( 評 )
 若くして逝った息子への鎮魂歌だが、深刻に見えないところが作者の力量だろう。「預かった鍵」が子供との深く変わらぬ絆を表し、その絆が永久に続くだろう事を予感させる。

もどる