詩 市民文芸作品入選集
特選

女の手を
東近江市 辰巳 友佳子

女は
雑居ビルの地下の一室で
砂漠の薔薇をいけている
男はその薔薇が壊れないよう女に
手渡してやり
女の手が血で染まると
その手を吸ってやった
女は砂漠の薔薇に飽きたのか
砂を敷き詰め
筆で風紋らしき線を書き始めた

永遠に終わりがないように思えた
ころ
男は雨の音を流した
それも森に降る雨音を
これで個展が完成したと女は呟き
男は女の手を洗ってやった

気の遠くなるほど昔の
暑いある夏の出来事
そういう個展すらあったのか忘れ去られ
あの雑居ビルは今もあるのか

今でも覚えているのか
男は
女の手を洗いつづけている

※砂漠の薔薇…ある種の化合物が、自然現象で
  バラのような形状の結晶に成長した石である


( 評 )

 「手を洗う」というありふれた行為を、男と女の深い関係の象徴として提示された時点でこの作品の奥深さを感じた。二人の日々を〝個展〟で一応の区切りをつけた後も、連綿と続く男と女の生活のありようが良くわかる。シュールな場面設定がフランス映画の一場面を思わせるが、詩は完成されていると思う。


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