詩 市民文芸作品入選集
特選

すみれの側から
西今町 谷口 明美

早速ですが
あす カメラ検査をしましょう

春風がしっこく雨戸を揺すった夜
救急外来の当直医はいった

いたずらもせず 訴えもなく
秘かに増しつつあった二文字の影
映しだされた画像で
医師の告知は すぐさま明瞭で
いが栗のような感触を
驚きや疑いの暇もなく わたしは
いともすんなりと受け入れ

旅仕度ほどのあれこれを
ふたつの鞄に集めはじめた

台所では
今まで据え膳だった娘が
とつぜんの主婦業を決めこんで
まな板に向かっている
そのうなじのむこうの
潤るんでいるだろう目頭

この春 なぜか山盛りに開花した
石垣すみれの側からは
窓越しに
見えているだろう


( 評 )
 とても深刻な状況を淡々と抑えた筆致で書かれた詩は過不足なく秀逸だ。すみれが外から私を見ているという発想はさすがだ。そしてそのように想像する作者はとても芯のある人だと思うが、一面それゆえ読者には痛々しいと思うところもある。

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