詩 市民文芸作品入選集
入選

かえり道
西今町 森川 あみ

お会いするだけで安らぐのです
いのちを託しておりますから
ためらいながら診察室でいった

若い外科医も表情をつくろ うように
目にも留まらぬ運指で
コンピューターのキーを
ひたすら検査結果の画像を
解いて聞かせた

自分のスタンスだからと
休日も病室を訪れ
日々の桜の変化を伝えては
短い散歩をうながした その花の色は
かかわる人達への懸念なのか
大しごとを終えた夕暮れどき
彼の肩にふりかかった安堵なのか
花の下を歩くと
かすかな声が降りてきた
術後のことだった

せいの境目に気づかされると
人の直向ひたむきさが透けて見え
路地を埋めるノウゼンカズラの
落花をよけながら帰る


( 評 )
 病むという思いがけない出来事に遭遇すると、普段何気なく過ぎていたひとつひとつが、重い響きを持って向き合ってくる。死を感じることで、生がより輝きを増し、ひとりの医師の言葉か作者が汲み取った深みがよく感じられる。

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