遙かなる呼声
時空 正に一世紀半近い
祖父は二十七才の若さでこの家を再建
私は八十路を歩み
住み慣れた古家を廃屋として潰す
不思議な絆の呼声に
畏敬と謝恩の念とが混同する中
意を決し 暮の十二月から仕事にかゝる
何と言っても車社会
業者だと重機を使い
三日程で跡方も無くするが
道が狭く 軽トラがやっとの所
あっさりと断られてしまった
然らば他力より自力と覚悟をし
先づ前栽から壊す
高塀 石垣 植木 庭石等
昔取った造園の杵柄 チェーンブロックで
長い想い出を次々と片付ける
少し通り易くなり
いよ??伝来の古い建屋を手掛ける
生前近所の叔母から聞いていた話では
祖父は親戚から借財し
葦葺の古屋を購入して再建
我家の礎をなしたと
今半分朽ちかけた大屋根から
古葦と麦稈を抜き出し解体するが
ずっしりと染み付いた煤には
トトロの森に住む愉快なまっ黒黒スケは
一度も姿を見せなかった
薪や藁を燃した風呂や炊飯の匂い脂
尽きる事なき黒い微塵の温もりに包まれた
未開のベールを順々にはがす
針金や釘を全く使わず
手縫いした藁縄で竹と木材を組合せ
棟木から合掌 そして下地へと仕上られ
そのまゝの形が残された業
どれを見ても 感嘆の外はない
請負った大工頭領の力強い声
せわしい左官の掛声
屋根職人のどら声 寡黙な石工の一人言
そして生きて来た家族達の声が
やうやく今三月中ば
日の目を見た土台石
振り向き振り返る時
ここに湧き上る泉となって広がる
永遠のノスタルジヤ
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