詩 市民文芸作品入選集
特選

光る窓
正法寺町 髙井 豊

梅の花が 今朝
若い呼吸を始めている
その吐く息の真白さにうたれ ゆり動かされ
枝と枝の直線の間から
二両仕立ての電車がやってくる

獣のように荒く近づいてくる

あの車窓からは
三月初めの日本海が見えてくる
言い訳を受けつけない断固とした黒さ
打ち寄せる波の鋭い叫び
凍える木々の断片 引き裂かれる風の音
立ち止まれば たちまち巻き込まれ
吹きちぎられる沈黙
抗い難いこの錯乱こそ わたしの
初めての旅の行く手だと思えた

身近な者たちの喪失を諦め切れない
蹉き断たれた進路は認めがたい
いたわられ 励まされることさえ
十八歳のわたしをぐずぐずと打ちのめす
けれど 左側に続くおだやかな山並みの欠如
淡い雑木林 さ緑に芽吹く野の混在へ
折り合うことはできない と

世界に向かって憤り のたうつ力
その反動で かすかな展望にかえていく
あの電車

乗っていたはずのわたしは
ここにいて
電車は汗のようなものをしぶかせ
歳月の草原を一枚の画布にして
いま 横切ろうとしている
中には わたしではない若いわたしがいる
動悸でくもりがちな窓を
あのときと同じ目で光らせ
わたしを見ている


( 評 )
 若い時間の不安や荒々しいまでの一途さを、丁寧な筆致で描くなかに、重奏的な世界が展開していく。惜しむらくは、現在から過去への隔たりにやや解りにくい箇所があるように思う。

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