市民文芸作品入選集
随筆・評論
入選

ねこ
中央町 近藤 正彦

 今朝方の雪で表は真っ白、久しぶりに長靴を履き、雪をふみしめ乍ら彦根城をめざした。
 やがて表門橋にさしかかった。めずらしく客待ちのタクシーもなく、かわりにベロタクシーがぽつんと一台。私は橋をそろりと渡った。
 城山は六十五歳以上は無料とあって、しのばせてきた免許証を、これ見よがしにひろげ事務所の前を通った。
 入り口でふと気がつくと、ステッキが数本、箱の中で主を待っている。以前から気はついていたが、なぜかステッキには抵抗があり、いつも横目で見過ごしてきたが、今日は手にした。ステッキには、彦根ロータリー寄贈と書いた紙がペタッと貼ってある。私は、今さら格好つける年かい、と自分に言い聞かせながら石段を登りかけた。いつもなら上り下りの人々で賑わうのだが、珍しく今日は出会う人とてなく、ときたまなくカラスの声が不気味なくらいだ。
 転ばぬ先の杖とはよく言ったもので、こんなに楽に上がれるのなら、格好つけずにもっと早く借りればよかった、と後悔をした。
 二十段ほど上がった時だっただろうか向こうから動物らしき物が下りてくる。目の前まで来てねことわかった。すれ違いざま、私を見て一瞬たじろいだが、さっとすり抜けて行った。私はなにげなくねこを見送った。五・六段おりたところで何を思ったのか、くるっと向きを変え、私を見つめている。はからずもねこと目があってしまい、なんとも不思議な空気がながれた。今までに何回も上がっているが、ねこに会うのは今日が始めて、私は思った、このねこは城山へ行った帰りなのか、それともこれから、ちょいと出かけるのだろうかと。もし城山に住んでいるのなら、この一帯はねこの縄張り、だからねこに言わすと「お前はおれの縄張りに許しも得ず侵入してきたよそ者」と言う事になるが、すれ違いざまの殺気はもはやなく、私を受け入れたのだろうか。そのまなざしは何故かおだやか。
 ややしてねこは、身を返し、何事もなかったかのように下りて行った。
 やがて天秤櫓にかかる橋の下をくぐり売店の前に出た。店は本日休業。裏手に回ると軒下からビニールがぐるりとおおわれてあり、中の光景を見た私は目を見張った。そこにはねこが団体でたむろしている。しかも言い合わした様に、いや言い合わしたのかも知れないが、テーブルの上で二匹どうしが中むつまじく肩を寄せ合い、四組だから合計八匹、皆がみな西日をあびて昼寝の最中。そのとき別のテーブルの上に居た一匹が、私を見るなり、さっと身をかわしテーブルよりとび降りた。一旦は後ろへ逃げたが、再び現れ部屋のすみより、上目づかいに私をにらんでいる。
 私も負けじとにらめっこ。すると「ふーっ」と威嚇をしてきた。もう一回「ふーっ」。早く消えうせろと言わんばかりだ、そうはいかないぞ。見るからに大きなこいつはボスねこにちがいない。魚でも鳥でも群れをなして行動する場合は必らずリーダーがいる。目の前にいるのは城山一帯をなわばりとする、のらねこ集団。だからこいつはリーダーとして君臨し、この時とばかりに威厳を発揮したのだ。
 ややして私が危害をくわえないとさとったメタボボスは、私の顔を横目で伺いながら元のテーブルにもどった。
 のらねこで思い出した。岐阜県は平田町に、お千保稲荷神社がある。門前町には、食べ物屋をはじめ多くの商店が軒をつらねている。
 ここにものらねこが我が物顔でうろついている。面白いのは、ただ参道を行き来するのではなく、食べ物屋、とくに串かつ屋の前にはいつ行っても二、三匹がたむろしている。それもそのはず、ねこも心得たものでお客さんのおこぼれを、今やおそしと待っているのだ。間違っても雑貨屋の前ではたむろしていない。ここのねこときたら、参拝客にはまったく警戒心がなく、たち止まるとうつろな目で擦り寄ってくる。同じのらねこでも大きな違いだ。城山のねこときた日にゃ、ボスの一大事だと言うのに我感知せず、すやすやと眠っている。
 ふと下を見るとビニールの隙間がある。
 私はステッキをつっこみ、くるくると回した。するとどこで伺っていたのか、とらねこがとび出し、前足でちょっかいを出してくる。なんともかわいいやつだ。
 私は思った、ねこの中にもボスの様に、リーダーシップを発揮し、行動力がある反面、神経質で融通のきかないのや、少々のことでは、動じず落ち着いているが、責任感にとぼしく、ルーズでのんびり屋、ステッキにまつわりついたとらねこの様に、好奇心旺盛で社交的、等々、人間社会の縮図を見ている様で面白かった。とんだ道草をしてしまった。
 だがこのひととき、私はねこに癒された。ほ
のぼのとした気分で天秤やぐらの門をくぐった。その時、時報を知らす鐘の音が静寂をやぶった。「ゴーン…」。


( 評 )
 観光客のいない雪の城山での一場面。彦根城山内に生息する野良猫について、筆者の観察が読んでいて楽しい。気ままに生きる野良猫の、人間との接し方に様々な個性のあることが、生き生きとユーモラスに描写されている。

もどる