記憶
父を父として 初めて見たのは 汚れた背嚢を背に ふらりと 戦場から帰還した父の姿だった 暑い夏の夕ぐれだった 私の生涯にとって 鮮明な記憶とは その風景が全てであった その時から はてしない関係性の中へ 流れていく自分がいた たった一つの記憶が 自分の全時間を動かし続け はるかな時間の後に いま 梅花藻の川を 梅干のように 小さくなった父が流れ その後を 母が流れ 私も流れはじめる 激しい蝉の声の中で 記憶が あらわになる日 夏は記憶である