詩 市民文芸作品入選集
選者詩

どこからか
尾崎 与里子

透けている葉脈のうえで
薄緑の母は
虫から虫へと脱皮しつづけ
おびただしい抜け殻を踏みしだいた
それは
なにか哀れなものとしての
叶うことのない羽化への憧憬だったのか
いつか
霧深い高地の風に
はばたくようになるための
それともいつか
摘まれる萌葉の輝きになるための
抗いがたい苦悩だったのだろうか

そう まぎれもない
忘我の虫である母の肢体は
どこからかやってきて
絶えず零れるものを
子どもから隠すようにして微笑み
いともたやすい擬態であった
「雪の季節をいくつも過ごせばいい」
つぶやいたとおりになった時
脱ぎ続けた母は
ついに小さく転がり
完全な土の硬さと匂いに満たされた


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