名を呼べば
名を呼べば いっせいにふり向く
立ちあがる
花群れにそれぞれの名札がついて
菖蒲園の花は 別の顔を見せてくる
わずかな変異に名をかぶせられ
名付けられて物語は生まれてゆく
名を得て個は際立つ
名に惑わされる 囚われる 閉じこめられる
歓喜させる名の狂暴
名というフィルター
名の予感を裏切ってみよ つぼみ
名の逆説を咳こみ
何か違うと声をあげて
かすかな風に泡立て 花よ
新しく広がる驚きに発熱し
理不尽さに凛と抗って
名を誤読してさえ震える魂がある
見つけただけであふれる涙がある
田園に降り注ぐ星にあこがれ
どのような時間をめぐらせてきたのか
よじれた花が落ちたあたり
アメンボウが自在の輪を描き
小さな魚影が謎の文字を走らせている
園の外を川は流れ
ひと晩の雨で混沌の中にある
ゆるがす水音に
言葉もなく飲みこまれていく名の行方
川は欠落の野を蛇行している
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