詩 市民文芸作品入選集
特選

くすの木通り
西今町 森川 あみ

(ずっと ここに留まってください)
若い外科医が去ると知ったのは
春のあらしの日だった

ふくらむ焦り 解けぬ痛みを
ぽろぽろとポケットからこぼしながら通った
雨の日にはためらうことなく
乗り合いバスの優先座席の客になり
癒えぬ不安を
娘の手のひらに拾われると
道添いのおいしいパン屋の話をして
強がってみせた

(ながい 二年間でした)
問いかけばかり 懸念ばかりに
短いいさめの言葉から
たくさんの温もりをもらってきて
静かに向き合うと
少しだけあご髭をたくわえた彼は
いちだんと凛凛しい
医師の顔だった

まだ若木並木のこの通りが
"くすの木通り"と 呼ばれていたことを
小さな標示板に
きょう 初めて見つけた


( 評 )
 信頼しきっていた若い医師が去っていく、作者のその無念の思いがコンパクトな言葉の中でうかがえます。その不安を若木の「くすの木通り」というさわやかな響きが包むとき作者とともに救われる気持ちになります。

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