くすの木通り
(ずっと ここに留まってください)
若い外科医が去ると知ったのは
春のあらしの日だった
ふくらむ焦り 解けぬ痛みを
ぽろぽろとポケットからこぼしながら通った
雨の日にはためらうことなく
乗り合いバスの優先座席の客になり
癒えぬ不安を
娘の手のひらに拾われると
道添いのおいしいパン屋の話をして
強がってみせた
(ながい 二年間でした)
問いかけばかり 懸念ばかりに
短い慰めの言葉から
たくさんの温もりをもらってきて
静かに向き合うと
少しだけあご髭をたくわえた彼は
いちだんと凛凛しい
医師の顔だった
まだ若木並木のこの通りが
"くすの木通り"と 呼ばれていたことを
小さな標示板に
きょう 初めて見つけた
|