畑とミミズ
七月、私は汗をふきつつ畑の草むしりに精を出していた。
街に住む中学生の孫が、時々野菜をもらいに我が家に来る。鋤や鍬、小型の農機具が畑に置いてあると珍しいのですぐに触り時には、喜々として手伝いをすることもあり勢いよく動かした農機具で野菜を痛めることもある。
でも内心、孫が畑に興味を持ってくれた事がうれしく怒る気はしない。
今日も慣れないアメリカ豆をちぎっていたがあきるのか、時折り広い畑の中を他に収穫する作物がないかと捜していた。
と、その時、「おばあちゃん、変なもんいるで」と私を呼ぶ孫のかん高い声に私は、急いで孫の指す生物を見に走った。「何だ、ミミズか」と。しかし、良く見ると普段、畑で見る淡紅色の各体節間には、うすい縞模様があるシマミミズとは少し違う。親指程の太さと地面にゴムホースのように伸びた身長も長くしかも、土を食んでいたのであろうか、青黒くグロテスクであった。
孫は、暫くじっと見ていたが少し膨らんでただれたような頭の先を畑の中に置いてあった支柱で、おそる、おそるつついた。瞬間、ミミズは体を丸め縮みそして、ミミズの体が白く光って見えた。「ミミズが怒っている時に出す粘液よ、ほれ汗をかいているみたい」とミミズがストレスを受けた時に出す粘液であることを教えた。
そして、柔らかい畑の土の上を蛇と同じようにS字に這うようにして、近くの溝に落ち頭で水面を描くように泳いで水草に体を隠した。「蛇の子供だと思ったけど目も口も無いしおかしなやつやなぁ」と初めて見る太いミミズに恐がっている孫。世界には、七千種のミミズが棲息していると云う。このミミズは何というミミズだろうか。
ミミズのごちそうは、腐植質の食物であり口から肛門まで太い消化管が通って食んだ土は、何度もその消化管を通って出来たのが肥沃土である。だからミミズのことを「推肥作りの名人」とか土を耕うんするので「自然のくわ」とも呼ばれ、農家にとっては大変重宝がられている。「ミミズはおばあちゃんより土作りの名人やで」と孫に教えた。「こんな小さなミミズが農具の役目をするなんて信じられない」と納得できないと孫は云う。
又、ある時には畑の草むしりで鎌を使うが土の中では地上の様子がわかるのか鎌の先が近づくと地中から何匹ものミミズが、湧くように土の上に這い出てくる。地下の世界の営みは全くわからないが、そのミミズを雄の蛙であろう、声のうをふくらませニ、三匹が待ち伏せしている。土が動くとミミズが出てくるのを知っているのである。頭上では残り物を只管待っている数羽のカラスもいる。柔らかく体の周りには、何の付属器官もつけないミミズを見付けた蛙は、傍に近よりペロリと出した舌先で素早く口の中に押しこんだ。でも蛙が三回程ピョンと跳て土の上に体を落ちつかせた時には、既にミミズの体は蛙のお腹の中に収まり、何事もなかった様子で次の獲物を待っている蛙。消化が早い。
春先には、冬眠から目醒めたミミズに出会う事が多く、時折り思い切り土をめがけて一気に鋤を落した時、透明に近い小型のヒメミミズを切る事がある。どの部分を切ってもヒメミミズは再生するが、柔らかい皮膚から人間と同じように赤い血が流れるのを見ると、虫と云えども痛かったであろうと気分が落ちこみ勤労意欲を失う事も多い。
ミミズと蛙そして、カラスの織りなす自然界の共に命えの営みを見ていると、暑い時の畑の草むしりはノルマはないが、思いがけない場面に出会える楽しみも多い。それは我が家の畑が肥沃土である証しにもつながる。化学肥料を極力押え野菜のくずやぬか、わらを土と一緒にすきこんだ畑の土は、野菜作りには欠せない安全・安心の優しい土でもある。
畑だけではなく今、ミミズの体液で人間の血栓を溶かす働きがある事も知られているし、長野県では昔、漢方薬として人間の命をも助けている。ダーウィンのような高名な科学者の関心をもひきつけた程のミミズ、正にミミズは小さな巨人でもある。
そんなミミズのお蔭で沢山の野菜が収穫できる幸せを孫に少しは知ってもらい、畑に関心を持たせることができたのではないだろうか。畑には、さまざまな生物が関わりを持ち命を産み出す食物連鎖の土台をなしている今、鳥も虫もそして、木も花も畑が育てている農産物であると私は思う。
自然に感謝し動植物と共生できる農であることを沢山の子供達にその時々に伝え知ってもらえたらと願う。
人間は、沢山の命をもらい生かされている命である事を忘れてはならないと思う。
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