随筆・評論 市民文芸作品入選集
特選

爺と孫のボランティア

日夏町 寺村 滋

 久しぶりの孫からの電話であった。「T大のK学部に合格した。」「よかったなあ、それはおめでとう。」喜びの会話の後に「春休みに旅行に行きたいんや、お祝いにお小遣いをはずんで…」そーら来なすった。羽根を伸ばしたいのだろうがすぐにOKは出せないぞとワンクッション置いてから、私の方から切り出した。「よーしわかった。そんならお爺ちゃんと一緒に旅行に行こう。震災で大きな被害を受けた東北地方へボランティアに行くが、よいか。」「ふーん…」としばらく考えている様子だったが「うん、行ってもよいで…」とあまり弾みのよくない返事が返ってきた。
 何故私がこんな提案をしたのかというと前々から、私自身がテレビニュースで惨状を視る度に何かお手伝いできないものかと思っていたからである。阪神大震災のときも頭の中に考えることは一杯あったが、結局何もしないままに終ってしまった。
 本当に行くという孫との日程調整をして四日間の奉仕を決めた。しかし、どこへ何をしに行くのか基本的なことが決っていない。
 昨年、実際に瓦礫処理に行った壇那寺の副住職に電話をして、妙心寺派の禅寺のボランティア本部を紹介してもらった。寺の系列という縁で、遠方の未知の二人を受け入れて下さったのである。
 松島海岸駅に着きお世話をして下さるAさんに案内してもらう。駅に近い瑞厳寺の系列の観音堂が宿泊所であった。活動先は七ヶ浜町花渕浜の同性寺。禅寺である。
 第一日目、初対面の和尚さんに言う。「これという特技らしきものもありませんが、彦根一会流のお茶を習っていますので、仮設にお住まいの方に一服差し上げられたらという希望を持っています。子どもさん達と出会えたらと紙芝居も持って来ました。」そう伝えると和尚さんは笑いながら「何とか考えてみましょう。」とのお返事である。
 さて、今日の仕事は?と思っていると、
「この泥をかぶった食器を全部洗って下さい。」 との声。孫は慣れない手つきでコップ洗いにとりかかる。私は泥の染み付いた抹茶碗の箱を拭き、茶碗を洗う。私にも特技らしきものがあったかと何か嬉しさが込み上げてくる。
 そういえば今朝は彼岸過ぎだというのに五センチばかり雪が降り、外は冷たい。屋内の仕事をという配慮もあったのだ。沢山の茶碗を箱から取り出しながら、何とここまで津波は侵入しているかと驚く。
 仮設住いの方がティタイムをとられる時刻を調べて下さり、午後二時過ぎに抹茶を点てに行く。立礼の点前で彦根の銘菓を味わってもらいながら和やかに話をすることが出来た。どうして町を復興するのか。元の町跡にか。高台にか。漁業は?農業は? 問題はいっぱいなのにお茶を飲んでもらっている時の表情は明るかった。「紙芝居持っているんならここでもしてえなぁ」とうちとけた声もあがる。それではということで「島引き鬼」の上演となる。遊んでほしいという鬼を口実をつくって追い出すストーリーに和尚さんは「瓦礫の処理を断る自治体の姿が重って見える。」とおっしゃる。
 海岸沿いの被災地を車で和尚さんが御案内下さった。家の土台のコンクリートがへの字に曲り、瓦礫が山と積まれ、車の形を留めない車体が浜辺の空き地いっぱいに並べられている。これが一年後の姿である。
 第二日目は外の作業。裏山の地震で倒れた石灯籠を元に直す。激しかった地震の後始末が今日まで出来なかったのだ。一つずつ灯籠の姿に戻っていくのを見ると、私達が直したという実感が湧く。仕上りを点検してもらいながら和尚さんからいい話を聞いた。昨夏奉仕に汗を流す学生に声をかけたら「阪神大震災のとき私達は子どもでした。でも瓦礫の処理をし、水を運んでくれた学生さんの姿は忘れられません。お返しは今だと思って来ました。」と言ったという。感動する。
 三泊四日、実質二日間のささやかな奉仕はこうして終った。
 いただいた旬の白魚を味わいながら孫がつぶやく。「みんな親切やったなぁ、今までの旅行の中で一番よかったわ。」それなりに何かつかんだのだろう。
 させていただいて、教えていただいて帰れる。
 帰りの新幹線の窓に、津波の話の中の一枚の畳の幻影が現れた。畳へ跳び移るか、否か、常に選択と決断が迫られている。さし迫っていないと見えないだけだ。「生と死は紙一重」といった和尚さんの顔が浮かんで消えて、畳もふっと消えた。
 窓の外の景色が後へ後へとすごい速さで過ぎて行く。孫は窓にもたれて眠っている。可愛いい寝顔だ。逆光となった斜めの太陽がまぶしかったが、やがて夕日の色に変っていった。


( 評 )
 作者は、被災者にお茶による励ましと慰労のため、宗教組織のネットワークを通じて紹介された寺院へ、お孫さんと二人で赴き、奉仕作業に従事された。実体験にもとづく文章であるだけに作品に迫力があり、リズム感ある文章と相まって爽やかな一編となっている。

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