柳絮(やなぎのわた)
四月の声をきくと長春を思い出す
鉄道付属地という名の
小さな日本人町だった頃を
ぽん と
またいで渡れる位の川の
こちら側が治外法権
むこう側には手が出せない
草原のうねりの果てに見える火見櫓が
本当の長春
町中に
柳のわたが飛んでいた
雪よりも白く軽く はげしく
どんな隙間からも入り込んで来た
どろやなぎ(※)はどんな花を咲かせていたのか
子供には目の届かない大木
胡椒のような実がはじけると
無数の綿毛となって飛び散る
黄砂と重なってあれは
春が来たしるしだった
いきなり
新京などという名になって
川を突っ切って大通りが走り
草原は縦横に区切られて
官庁のビルが立ち並んだ
勝手にあの街を造って
さっさと逃げたのは誰だ
――少年倶楽部を買いに行くの?
転校生の私にはじめて声をかけてくれた
相葉みどりさん
すずらん燈があるのはあの通りだけだった
中国東北部の大都会となった長春
それでも 春になると
やなぎのわたは飛んでいるという
※どろやなぎ 学名ケショウヤナギ
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