市民文芸作品入選集
小説
木下 正実 :選
 

特選
日夏町   小林 勝一
 
入選
日夏町   増田 由季
 
佳作
開出今町   沢田 初枝


<総評>

 NHK大河ドラマ『篤姫』が放映されているさなか、奇しくも同じ幕末期を描いた秀作二作を得た。歴史小説や時代小説の書き手は全国的に見てもそう多くはない。有能な作者の出現を彦根ならではのことと嬉しく思う。
 継続は力なりという箴言〔しんげん〕を僕は必ずしも真理とはしない。物事は常に両義的である。継続についても、一方でマンネリズムに陥る危険を孕〔はら〕む。創作においては、それが手法やテーマのパターン化となって現れる。同じ地平で胡座をかいておれば、想像の原動力となるモチーフ(どうしても書きたいと言う創作の衝動や素材)が痩せてこざるを得ない。
 入選作『鬼の姫』は二年連続特選を果たした『弱鬼』『凡鬼』に続く「鬼」シリーズ三作目だが、見事にこの危惧を払拭してくれた。井伊直弼の娘・弥千代姫はよく知られた人物であるだけに、逆にストーリー作りが難しかったと思うが、語り部を人間でなく姫愛用の「手鏡」にした意表をつく設定が、物語を巧みに着地させた。ふと、「小説というものは大道に沿うてもち歩かれる鏡のようなものだ。諸君の眼に青空を反映することもあれば、また道の水溜まりの泥濘〔でいねい〕を反映することもあろう」という、スタンダール『赤と黒』の一節が思い浮かんだ。
 特選作の『切々と』は、まさに、その水溜まりの泥濘ともいえる裏長屋で暮らす人々の青空のような情愛を、曇りのない眼で描き出した作品である。時代小説(市井もの)は舞台となる町並みの描写や小道具一つとっても難しいが、作者はよく承知しておられる。歴史小説や時代小説こそ、継続は力なりの箴言が生きてくる世界だといえる。
 佳作の『母として』は自己の体験を見詰め直す現代小説である。こうした、他に置き換えがたい自己から発する世界も、もっと多くの方が描いて応募してほしいものである。

(木下 正実)

 
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