<総評> 
         東日本大震災が起きて以降、「絆」という言葉が盛んに使われるようになった。  
           「絆」は元来、「動物をつなぎとめる綱の意」(新明解国語辞典)で、村落共同体の「しがらみ」と同義語だった。言葉は生きて動くものであるから変化しても構わない。しかし、実態と離れて、言葉が空回りしたり一人歩きすることを、作家たるものは許容してはならない。  
           その意味で、特選の『ペーパー・ムーン』は意義深い作品であった。美辞麗句化された「絆」という言葉で人間を一括りにせず、登場人物一人一人の奥底の「声」を聞くことによって、人間関係を紡ぎ直そうとする企て。外国語教員にたどたどしい日本語を話させているのは、作者がいま一度、言葉を一から検証しようとしているからに他ならない。  
           一方、パソコンやスマートフォンの普及でSNS(ソーシャル・ネットワーク・システム)が発達し、テレビ画面でもよく「つぶやき」が表示される。そのことに対し、作家の池澤夏樹氏が抱く危惧に僕は共感する。  
           「今、気になっているのは、みんなが『考える』より『思う』でことを決めるようになったことだ。五分間の倫理的な思考より一秒の好悪の判断」「言葉がコンクリートより軽くなっていいのだろうか」(『朝日新聞』二〇一三年一月十二日)  
           小説は、入選作『月の雨』のように人間の葛藤を見つめ、町の歴史といったものも深く考える。『大地よ甦れ』はカンボジアの地雷撤去支援活動を題材にしたノンフィクションの佳品だった。  
           文芸評論家の故・江藤淳は「文体は作家の行動の軌跡」だと言った。創作と向き合うことにより、作者固有の言葉を見出してゆきたいものだと思う。  
       (木下 正実)  |